2004年 1月 31日(土) 仏滅

広島

 県連幹事会

新幹線で広島へ。地元では、眺めの良いことで有名な団地へ。念願のミニ集会。フッチセブンの先輩のセッティング。女性参加者がいらっしゃるからか、オシャレなイタメシ屋さんでお茶を囲む。松本の日常生活とは全く無縁の世界であることは言うまでもない。(フッチセブン談)

与野党の対立軸、民主党の「売り」、地域の再生、環境問題。さまざまなことがらに話題が及ぶ。お隣の席のご婦人からもお声掛けを頂く。ありがたや。あっという間に90分経過。今後もこういった機会を数多く持ちたい。なんせ駅前でも、このHPでも普段は「独り言」が多い。シンボルマークのDはダイアログのDでもある。欠けているのは「対話」。これを繰り返していきたい。

民主党広島県連幹事会。広島5区の補欠選挙が予定されているということで、地元テレビ局も取材に来ていた。参議院選、補選について議論。

2004年 1月 30日(金) 先負

国会

 長い夜

年金改革勉強会に参加。特に運用について。

国対役員会に出席。

代議士会に出席。本日は禁足。連絡があれば20分以内に、国会に来られるようにしておかねばならない。つまり遠方への外出は不可。

イラク特別委員会を傍聴。本日は徹底審議8時間コース。うちわが社の持ち時間は5時間。政府は強弁と議論のすり替えで不誠実な答弁を繰り返す。

ついに強行採決が行われてしまう。わが党の理事は手の甲まで切った。その後予算委員会、財務金融委員会でも強行採決。

23時、再び代議士会。とても採決に応じられる状況ではない。本会議の欠席が決まる。

我々野党欠席のまま、本会議でイラクへの自衛隊派遣をめぐる承認案件の採決が行われる。時計は午前零時を回り、日付は31日になっていた。採決を見届け、イヤマッチとうちあわせ。午前2時ごろ退館。

歴史気的な決断をするには審議を尽くさなければならない。しかし答弁拒否が行われ、先遣隊の参考人招致もさせない。

情報開示や説明責任を果たすことに極めて消極的。治安が安定しているかどうかの判断も、ずさんな情報収集のもとで下される。

重要な情報は政府から国民に対してのみならず、外務省・防衛庁から首相官邸に対してすら隠され、国民と国会に対して嘘の報告が行われる。

命をかけて任務にあたる隊員とそのご家族のお気持ちを一体どう考えているのか!こんな政権に命が絡む歴史的決断を下す資格など果たしてあるのか!

国民的に議論を深めていく必要がある。そのためにもっともっと審議を尽くさなければならない。だからこそ「後刻理事会で協議します」という事項がいくつも残された。その意味では、イラク特別委員会の委員長もさらなる審議の必要を認めていた。

だからこそ、我々は到底採決に応じられる状況ではなかった。にもかかわらず残念ながら衆議院では強行採決が行われ、通過してしまった。議会政治に汚点を残す暴挙に対し、引き続き政府の姿勢を糾していきたい。

2004年 1月 29日(木) 友引

国会

 撤回

慶應義塾大学経済学部教授、金子勝さんをお招きしての勉強会。
1. イラク問題について。「イラク人の運営するサイトによれば7,000人〜10,000人のイラク人(民間人)が亡くなっている。こんな状態で米英を中心とした部隊が「解放軍」だと認識されるはずが無い。」との指摘あり。
2. 金融再生について。「国民の税金がもっとも無駄にならないように使われ、かつ責任追及も出来る」ような方法を考えるべきとのご趣旨のご指摘。松本は、「金と票で政治と結びついた声の大きな一部の人々のために行われる裁量行政」ではなく、「普遍性、透明性、公正さ」を持った政治を実現したいと考えている。これは現段階では、現政権党に対する対立軸の一つになりうるとも考える。金融再生についても、「普遍性、透明性、公正さ」が重要であることは言うまでも無い。
3. 地域の再生について。「中国など他の国へ流出しないサービスと地域内で循環する商売」これがカギになるとのご指摘。ごもっともである。

中曽根元首相を講師にお迎えした憲法問題勉強会に出席。80を超えているとは思えない。矍鑠(かくしゃく)としていらっしゃる。「制憲議会の一員となりうることの重責」について、そして「生涯現役」ということについて、深く考えさせられた。

代議士会に出席。そのまま本会議へ。冒頭、総理よりサマワ市評議会が存在するかのような先日の本会議発言が、「撤回」された。昨日も書いた通り、「撤回」すれば事足りるのか。「虚偽」答弁を行う。しかもそれは重大な決断の根拠についての答弁である。国会をなめているとしか言いようが無い。「国権の最高機関」。あまりにも軽んじられすぎてはいないか。

2004年 1月 28日(水) 先勝

細見谷 国会

 細見谷

昨日の達増議員の質問ではサマワの市評議会が実は解散していたことが明らかになった。小泉総理の本会議での答弁は嘘だった、事実とは違っていたわけである。評議会解散は総理や官房には伝わっていなかった。ちなみに石破長官は評議会解散を知っていて虚偽の発言をした。自衛隊を派遣するという政府がこんなことで良いのか?「命」にも絡む重大な決断に至ったその根拠、判断材料を国会で隠匿し、虚偽の答弁を行う。こんなことが許されてよいはずが無い!

株式会社シーブイミックスの取材。

コンピュータとビデオをミックスして、インターネット映像を配信している会社。1. 当選の抱負、2. 実現したい政治課題、3. 初登院以降に一番びっくりしたこと、4. 国民へのメッセージについて話す。インタビューの模様は、いずれ上記ホームページ上にノーカット動画が公開される予定。

林野庁と面談。私は広島2区選出。その地域内の廿日市市吉和に細見谷という渓谷がある。中国山地随一、西日本でも有数といわれる、ブナ・ミズナラ・トチの自然林(渓畔林:けいはんりん)がある渓谷。ここに大規模林道(大規模林業圏開発林道)を通す計画がある。二軒小屋−吉和西工事区間という現状未着工区間について、昨年12月6日、松本は現地取材を行ったところ。

地元紙:「西広島タイムス」にもその時の模様が掲載されたように、松本は「林業振興に名を借りた不要不急の公共工事」である可能性が高いと認識している。

今後は「当該区間における自然環境保全の重要性にかんがみ、事業が自然環境に及ぼす影響の予測・評価および保全措置について慎重に検討する」委員会が組織される予定。組織されればプレスリリースも行われるとのこと。その上で、当該委員会が報告書を作成していくという流れになる見込み。引き続きフォローしていきたい。今後も進捗状況を適宜説明していく中で、本件事業見直しにご賛同いただける方を増やしていきたいと思う。

当選翌日のテレビ出演で松本は実現したい政治課題として「歳出構造の見直し」を挙げた。また、当選後の中国新聞の取材には、その他に「政治資金の公開」を挙げた。本日のシーブイミックスの取材でも申し上げたが(ビデオ配信予定)、

説明責任と未来への責任。これにこだわって活動していきたい。具体的には政治資金の公開。そして無駄な公共事業の見直し。この2つの政治課題を通じて、その責任を果たしていきたい。

と、述べた。無駄な公共事業。松本の地元で言えばまさに「細見谷」がこれにあたると思っている。

衆議院調査局文部科学調査室と面談。憲法、政治課題、提出予定法案などについて。

2004年 1月 27日(火) 赤口

国会

 交流会

厚生労働、外交安保、そして自らが委員となっている文部科学の各部門で会議あり。やむなく、前2者は資料のみを頂き、文部科学の部門会議へ。2004年度予算、提出予定法案について概観。

小・中・高を通じた先輩の来訪。社会変革にかける熱い思いをお伺いする。地元の方もご紹介いただいた。今の持ち場は違うが、イイクニ目指す同士として頑張ることを誓い合う。

代議士会。衆議院本会議。本日はテレビタックルでもおなじみの原口一博先輩が登壇。「イラク特措法に基づく自衛隊派遣の国会承認問題」について。あいかわらず自民党の野次はすさまじい。原口さんもおっしゃっている通り、自衛隊の占領地への派遣という極めて重い判断を求めるときに、現地の情勢など出来るだけ詳細な判断材料を提供するのが政府の責務。にもかかわらずせっかく帰国した先遣隊には国会での報告の機会も与えぬまま、(私たちにとっては現場の生の声を聞く間もないまま)イラクに戻してしまった。情報開示と説明責任について一体どう考えているのか?

予算委員会は達増議員の鋭い質問で、質問時間を残したまま散会となる。お世話になった団体のレセプションに出席。年の近い専従委員の方も地元からいらっしゃっていた。来賓の議員の方がお一人ずつご挨拶。新人議員の出番がやってくる。同い年の津村さんがご挨拶。さあ次は私っ…と思っていたら、菅代表が到着。結局代表の後にご挨拶。地元の方々の力強いご声援に支えられ、なんとかしのぐ。代表の後はつらい。

民主党交流会に出席。総勢70名程度。活気というか熱気にあふれる。これが民主党だ。

2004年 1月 26日(月) 大安

国会

 予算委員会

民主党国会対策委員会の役員会に出席。1年生議員すべてが国対の委員になるという斬新な取り組みが行われたことの一環。1年生議員が約20名ずつの3つの「班」に分かれ、本会議の定例日(火・木・金曜日)を順に担当するという制度。

今週はイレギュラーということで、月曜ながら松本が所属する3班の担当。初の出席の感想は、まずは会議で交わされる「言葉」になれる必要がありそうだということ。テンポも速い。

衆議院調査局文部科学調査室との面談。調査室の役割などの説明を受ける。

13時より再開した予算委員会を傍聴。わが社のトップバッター前原代議士の質問。道路公団についての質疑では、石原大臣の答弁になっていない答弁が続く。9,342キロの整備計画を所与のものとするか、国土交通省があげてきた143キロ以外にも見直しをするか、つまり総延長という距離の問題も見直しに含まれるかとの質問に一向に答えようとしない。

無節操な道路建設に歯止めをかけ、4公団で40兆円にも及ぶ債務についても着実に返済する道筋をつける。これが道路公団改革の趣旨だったはず。しかし総理、担当大臣とも要を得ない答弁に終始。石原大臣、近藤総裁は償還原資たるキャッシュフローについて本当に理解しているかどうかすら怪しい受け答えまで出る始末。これでは改革の趣旨に沿う民営化など出来るはずもない。

鮫島宗明氏からは鳥インフルエンザにかかる風評被害についての質問あり。鶏肉や卵を食べてインフルエンザにかかった人がいない以上、対応策はあくまで「家禽を病気から保護するため」に(生きた鳥を対象に)行っているのだということを担当大臣がはっきり言うべきとの趣旨の発言。

続いて牛肉。日米のBSE発生時の対応の違いについての質問。なぜ日本では「全頭検査かつ危険部位の除去」なのに、アメリカからの輸入の再開条件は「同程度」の検査で足りるとされているのか。一方でBSE発生のないオーストラリアに対してはセーフガードまで適用する。二重の意味でダブルスタンダードではないか。日本では生後21ヶ月と23ヶ月のBSEが確認され、世界に衝撃を与えた。だからこそ、独仏で24ヶ月、EUで30ヶ月以降とされている検査基準に該当しない、つまりそれより若い牛も含めて全頭検査を行うという世界的にも厳しい基準をわが国が採用しているのは、「食の安全」からも理解できる。しかしそれなら、つまり目的が「食の安全」確保なら、国産だけではなく、輸入物についても同じ基準を採用しなければ嘘ではないか!

結局、農林水産大臣からも、総理からもBSE検査を受けていない牛は日本に入れないとの答弁、言質を引き出すことに成功。暮らしの安心を回復する上でこれは大きな成果。

予算勉強会に出席。終了後、議員会館でホームページをアップし、本日の日程終了。

2004年 1月 25日(日) 仏滅

広島

 マッチングイベントに参加して下さった皆さんへ

内部事務。地元秘書のフッチセブンとの打ち合わせの機会は少なくなるばかりということでまとめて土日にやっている状況。

昨日の.jpのマッチングイベントの結果、松本事務所のインターン生が決まったの連絡あり。

本件に関し松本から皆さんに申し上げたいのは以下の点。

1. 正直申し上げると松本事務所は「チェックシート」には何も記入しませんでした。昨日付けの独り言にも書いたとおり、この持ち時間で判断するのは、やはりとても申し訳ないと思ったからです。

2. 松本事務所をインターン先として希望して下さった方、本当に有難うございました。議員経験わずか2ヶ月の私のもとを望まれた方がいらっしゃるというのはとても光栄なことだと思っています。もしもそういった方の中で、今回は希望がかなえられなかったという方がいらっしゃるとしたら、大変申し訳ない気で一杯です。ですが、それによってもちろんあなたの何かが否定された訳では「断じてない」のだということをまずご理解いただきたいと思います。そしてインターンシップの期間だろうと、なかろうと、広島だろうと議員会館内だろうと、事務所に遊びに来ていただくのは一向に構わないし、むしろ千客万来熱烈大歓迎だということを申し上げさせていただきたいと思います。

みなさんからご提出いただいたエントリーシートは松本本人が全て熟読させていただきます。もしも半年後、1年後、1年半後も希望が変わらなかったら(そう思っていただけるよう頑張ります)、この夏、あるいは次の春、また次の夏と、挑んでください。いつかの再会を楽しみにしています。

2004年 1月 24日(土) 先負

広島

 .jp

東京から広島へ。

ドット・ジェーピー(.jp)のマッチングイベントに参加。地元テレビ局、新聞社も取材に来ていた。これは春休みと夏休みの年2回、議員インターンシップの機会を提供するという趣旨で行われているもの。本日はインターン受け入れを希望する議員または事務所の代表者と、学生との面談が実施される日。

冒頭、市議会、県議会、国会の各議員または事務所の代表者からあいさつ。

実際のところがどうなのか、学生さん自身の目と耳で、直接確認、じかに触れていただくことにより、とかく「密室」、「不透明」とのイメージの強い政治を、より開かれたものにしたい。

「働く」とはどういうことか、「社会とかかわりを持つ」とはどういうことか、考えていただく機会になれば。

とのあいさつをさせていただいた。

続いて各学生と事務所との面談開始。学生さんは10ぐらいのグループに分かれて各事務所と面談。ひとつのグループは2人か3人の学生さんからなっており、ひとつのグループの持ち時間は7分。おそらく総勢30名程度の方々と面談したはず。それにしても持ち時間7分はつらい。みなさんソツなく受け答えをされるが、それ以上の突っ込んだ話が出来ない。自分の言葉で語ってもらえるような話題に十分な時間が割けない。

学生さんも「もっと説明したいのに」と思われただろうが、私も「もっと聞きたいのに」といううちに時間切れとなってしまう。なんとなくやり切れない思いが残る。

場所の確保などを担当されている事務局の方、ご苦労は、重々承知の上で書いています。どうかお気を悪くなさらぬように。貴重な機会を用意してくださって本当に有難うございました!!! やる気に満ちた(自分よりさらに若い)方々とお会いできてよい刺激になりました。負けないように頑張りたいと思います。

2004年 1月 23日(金) 友引

国会

 連合笹森会長

年金制度改革勉強会。厚生労働省より資料配布。時間の都合あり途中退席。これから2050年まで15歳から64歳までの生産年齢人口は減りつづける計算になっている。にもかかわらず、

「なぜ出生率が現状の1.32から(2020年ごろには)1.39へと次第に回復し、その後も1.39を維持し続けられるのか。」

年金資金運用基金が自主運用を始めて以来、巨額の損失を出しているのはご承知のとおり。にもかかわらず、

「なぜ、2008年度以降は、運用利回り3.2%を確保できるのか。」

もし根拠に乏しいということになれば、

「現役時代の5割の年金を確保できます」との厚生労働省の謳い文句は、まったく当てにならないということになる。

極めて脆弱な仮定に基づいている以上、出生率の低迷や、運用の失敗のツケは、受給額の自動調整で「帳尻合わせ」されてしまう恐れが高い。

この点については、別の機会に突っ込んでみるつもり。

連合笹森会長、草野事務局長と会合。民主党1年生議員20名程度が参加。3回に分けて、1年生議員と会長が懇談会の機会を持たせていただくというもの。大変有難いお話(実は会長には選挙の際、応援にも駆けつけていただいた)。

民主党の課題、愛党精神、憲法、外国人労働者、首長選挙対応など率直な意見交換をさせていただいた。

その中で松本が特に印象に残ったのは、民主党の課題についての会長のお言葉。これをご紹介させていただく。

1. 生活のにおい、生活実感に即した政策提言が必要。

2. いい男ぶるのではなく、ジャガイモみたいでもいいから頼りがいのある男であれ。

先日の党大会でも、われわれ民主党は笹森会長からは大変厳しいお言葉、しっかりせいとの激を飛ばしていただいたところ。政権を任せていただくほどの広いご支持を得るために、低いといわれる女性の支持を上げていくために、含蓄ある2つのご提言を自分なりに生かしていきたい。

2004年 1月 22日(木) 先勝

国会

 代表質問2日目

国会図書館利用説明会。「真実はわれわれを自由にする」という趣旨の(確か)ギリシャ語がカウンターに刻んであったのが印象に残る。

先輩議員に誘われ、昼食(カレー)をとりながらの意見交換会。イラク問題の対応など。

民主党文部科学部門会議。文部科学は松本の所属する委員会でもある。HPの政策のところにも筆頭に掲げているように、教育は最重点課題の一つだと考えている。

代議士会。このあとの衆議院本会議についての対応など。

代表質問2日目。本日は政経塾の先輩でもある武正代議士が質問に立つ。

総理の答弁。「国権の最高機関」を軽視し、その質問権を制約するかのような言動を行ったことについて所見を伺うとの武正代議士の質問に対し、質問権を封じたわけではないとの回答。昨日の松本代議士の再質問に対する答弁も行われた。しっかり「台本」も用意されている。またしても「棒読み」。いやいやながらやっているのが良く分かる。

答弁終了後、自らの席に戻ろうとする総理に対し、最前列の自民党代議士より、「総理、再質問の答弁もやったほうがいいよ。」との声が飛ぶ。

総理:「もうやった。」

「お仲間」からも答弁したと認識してもらえないようなシロモノだったことが露呈してしまったわけである。

こんなことがまかり通ってよいわけがない。これからも民主党は、「逃げる」与党をどこまでも追い詰めていく。堂々論陣を張り、徹底審議を求めていく。そのことを改めてお誓い申し上げたい。

2004年 1月 21日(水) 大安 大寒

国会

 国権の最高機関

耳鼻科へ。週2回は行くべきとのことで東京にいる平日に1回、広島にいる土日に1回ということになりそうだ。

代議士会、本会議へ。

今日は衆議院代表質問の日。わが社からは菅代表松本剛明代議士が登場。菅代表のときは相手の「やじ」がひどく、松本の席からはよく聴こえない。この怒号の中、まったく原稿無しで質問を続ける代表には改めて感服。

松本代議士。姓が同じで、しかも松本代議士の秘書の方のお母さんと松本大輔はかつて自治体議員選挙で同じ街宣車に乗った仲。応援にも自然と力が入る。当選2回の先輩が、こんなに堂々と代表質問をされる。私もあと1回当選を重ねたら、果たしてこの重圧に耐えられるかどうか。わが社は多士済済。精進せねば。

一方の小泉さんは「逃げ」に終始。官僚が作成した答弁の「棒読み」が続く。答えになっていない。松本代議士の再質問には、(追加の「答弁書」がないためか)結局ほとんど答えることなく、動議にもとづく採決の結果16時ごろ3時間に及んだ本会議終了。

小泉さんに求めたいことは、たとえ菅代表、松本代議士に答えたくなくても、「国民に対しては」説明責任を果たすべきだということ。その説明は、委員会だろうと、本会議だろうと場所は選ばないはずだ。ましてやテレビ中継もされている、国民にとっては絶好の「知る機会」でもあった。

これが本当に「国権の最高機関」にふさわしい態度か?

東京広島県人会の会合に出席。出席者実に1,400人。すさまじい。広島県人としてはうれしい限り。

2004年 1月 20日(火) 仏滅

国会

 勉強会

8時、安全保障、外交合同部門会議に出席。イラク問題が主要テーマ。今日はいわゆる「制服」の方もいらっしゃっていた。

9時30分、介護保険勉強会に出席。来年は見直しの年。

徳島1区の仙谷先生が主催する勉強会に出席。日本経済がテーマ。

先輩議員、プレスの方と会合。

2004年 1月 19日(月) 先負

国会

 開会

6時起床。7時半のバスで議員会館へ。

衆議院公報には「10時本会議」とある。あわてて本会議場へ。しかし議場には誰もいない。どうやら公報に定めている時間はあてにならないらしい。各党の国会対策委員会から連絡される時間が、開会のタイミングのようだ。今日だけは登院ボタンを「ぽちっとな」と押すのではなく、正面玄関に名刺を置くようにとの指示があった。

10時40分、党本部で両院議員総会。12時本会議開会。15分ほどで終了。衆議院内のそばやで昼食。本日はきつねそばをかきこむ。

12時45分。議事堂正門前で陛下のお迎え。13時参議院本会議場にて開会式

13時20分民主党代議士会。14時再び議場へ。小泉総理の所信表明演説。お経読み。「〜します。」調がえんえんと続く。某大臣が舟をこぐ。

つづいて外務大臣財務大臣竹中さんが演説。本日の議事は終了。

ちなみに本日席替えがあった。松本の席は、議長に向かって右側に1つずれた。椅子の番号で言うと206から205へと変わった。すぐ左は自民党の代議士。右隣は誰もいない。最前列の真中のブロックに変わりはない。

勉強会に出席。本日は北海道大学の山口教授が講師としていらっしゃった。松本からは人的投資国家、「人財」重視、モチベーションとエンパワーメントといったことにつき発言。22時過ぎ宿舎に帰宅。

2004年 1月 18日(日) 友引

広島

 いざっ

フッチセブンと打ち合わせ。近隣を中心にご挨拶。東京へ。あすからいよいよ通常国会。

2004年 1月 17日(土) 先勝

広島

 マサノリくん

耳鼻科へ。鼻にかさぶたが付き、つまり鼻が詰まり口で呼吸せざるを得ない。そのためにウィルスなどが入りやすくなっている。風邪を引きやすい状況らしい。納得である。

フッチセブンと内部事務。島根から助っ人「マサノリ」くんがやってきた。何度か朝立ちを手伝ってくれた青年。実は2月から松本事務所に入ってもらう予定。今日はその件で打ち合わせ。心強い仲間が増えた。2月は攻めの月にしたいモノ。

2004年 1月 16日(金) 赤口

広島

 撤退

宮内串戸で朝立ち。

廿日市市、大野町の首長、自治体議員の方々にご挨拶。閉会中ながら何人かの方々にはお会い頂けた。会派、政党は違えど、お互い同じ郷土を愛する政治家。もちろんいつも同じ結論に至るとは限らないが、地域の実情を知る先輩方には、色々教えて頂きながら頑張っていくつもり。自らの信念を持つのは当然のことであるが、松下幸之助も「衆知を集める」ことの重要性を再三指摘している。

ワークピアで連合広島、労福協の旗開きに柳田参議院議員佐藤和田両代議士とともにお招き頂く。佐藤さんは相変わらず面白い。「夏の陣」目指して全力を尽くすことを誓い合う。

大竹へ。市長、議長にご挨拶。O先生にはいつも勝手なお願いばかりしている。この日もツインタワー1号さんの例によって「強引な」お電話のおかげもあり、急な往訪にも快く応じてくださった。

一路湯来へ。玖波から松ヶ原を通り、最短距離で。よしよし。旧佐伯町経由で、あともう一息。と思ったのもつかの間。「地図の上ではこっちの方が近そうだ」と、松本が表示の方向とは逆方向へ走ることを提案。このナビのミスにより、道はどんどん寂しい方へ。冬季凍結注意の看板。いつしか舗装もなくなり、道はどんどん細くなる。ドライバーフッチセブンと松本の運命や如何に。

最初は「これがほんとのロング・アンド・ワインディングロードだな。俺、結構こういう道好きだよ」なんて言いながら余裕をカマシテイタ二人も、愛車「のしろなお」が、凍結した坂道を上れないという事態にいたり、さすがにコトの重大性を認識。何よりガスがない!!! メーターは既に「E」まで振り切っている!!

右は山肌、左は松や杉の生える斜面。ハンドル操作を間違えると間違いなく「落ちる」。方向転換も出来ないので、しばらく坂道をバックで下る。何とか少し広い道にたどり着き、方向転換完了。ガス欠にならないことを祈りながら下る。ようやく舗装してあるところまでたどりつき、ニュートラルで走る。「N」あなどりがたしである。

なんとかガソリンスタンドへ。「もうしません」と何度思ったことか。ほっと一安心。

教訓1: 人の言うこと(標識)に耳を貸そう。

教訓2: あれっと思ったら、素直に引き返す勇気を持とう。

2004年 1月 15日(木) 大安

広島

 大学の授業に

東広島へ。電機連合K議長にご挨拶。こちらの会社さんの「見送り」にはいつも恐縮至極である。なんせこちらが車を発進してしばらくするまで立っていらっしゃるモノだから、いつもあわてまくりで車を出す。庚午にお住まいの後援者、Mパパさんもそうだ。政経塾の創設者、松下幸之助塾主もそうだったと聞いたことがある。なんとなく塾主ににらまれているようで、緊張感がある。

広島大学のキャンパスへ。総合科学部の小池聖一先生の授業に参加するため。なんと講演と質疑応答の時間を頂戴した。

学生時代、酒飲んでパイをつまむぐらいで、教室とはほとんど縁のない生活を送っていた自分がまさか教室で講演することになろうとは。なんとも罰当たりな話である。

成人の日にも触れたが、「責任と政治参加、投票権」、「自己実現と労働」について少しでも考えてもらえたらと思い、なぜ政治を志すのかについて話す。1年生の方を中心に100人ぐらいいらっしゃったのではないか。小池先生は出席を取らないということだったが、それなのにこの人数。10年前ぐらいの我が身を振り返ると・・冷や汗ものである。

50分の講演後、質疑応答。実に色んなご質問を頂戴した。事前に質問内容をお伺いしているわけではないので、その場限りの真剣勝負。随分脳みそを使ったつもり。

10年ぶりに学生の方と接したが、こんなに熱心に授業に臨まれているとは頼もしい限りである。あっという間に授業が終了。小池先生、受講されている皆さん、本当に有難うございました!! 色んな意味で刺激を受けたし、率直に言って楽しかったです。

一路地元観音(広島市)へ。大変お世話になっているM社労働組合さんの副委員長にご案内頂き、ご挨拶まわり。

後援会長のシズカ先輩のところへ。耳の痛いご指摘。猛省。

細見谷ネットワークの原さんと面談。今会期中の取り組みなどを打ち合わせ。超党派の公共事業チェック議員の会、県会などと連携を取りながら進めていきたい。

2004年 1月 14日(水) 仏滅

広島

 思えば1年前…

内科、耳鼻科で診察を受ける。どうも調子が悪い。

今日は御支援頂いているM社労働組合大竹支部の旗開き。柳田参議院議員、山口2区の平岡代議士とともにお招き頂いた。

思えば1年前、まだ「手続き」前の私にもお声掛けを下さり、ご挨拶という貴重な機会を下さったのがこのMユニオン大竹支部さんだった。これがどんなに有り難く、そして心強かったことか…

これからも毎年お声掛けを頂けるよう、精進に励みたい。次の戦いは、もう始まっている。

2004年 1月 13日(火) 先負

国会

 党大会

朝の飛行機で東京へ。10時より両院議員懇談会に出席。首長選の対応、マニフェストの深堀、参議院選の対応、党員・サポーター制度について質疑応答など。

13時から党大会。菅代表がいつもよりだいぶながめの挨拶。「創憲」に臨む決意の一端も示される。15時頃散会。

お世話になっている団体の東京本部を訪問。2件。ご多忙にもかかわらず歓迎して頂く。恐縮である。

17時ごろ終了。新幹線にて帰広。22時半帰宅。

2004年 1月 12日(月) 成人の日 友引

広島

 オトナ

今日は成人の日。西区のショッピングモール「アルパーク」で街頭演説。ここは当選前から月2回ペースで演説を繰り返してきた。もちろん「期間中」も何度も足を運んだ。前回の演説は昨年11月14日とあってなんとなく懐かしい。今日は高校の同級生、「トモ」とそのお母さんも聴きに来てくれた。

1歳半ぐらいのお嬢さんを連れたお父さんから、「娘を抱いた写真を撮らせてください」とのお声掛けを頂き、非常に光栄ながらも、「おそるおそる」両手にお子さんを抱える。お父さんが携帯のカメラで撮影。久々に ♪ちょーっとイイ気持ちー♪

さて、子供には保護者が居るが、大人はそうではない。何か面倒なトラブルに巻き込まれたとしても、かばってくれる保護者はもういない。休みの日にどこかへ連れてってくれる保護者は居ない。従ってもう学校に行かなくてよくなったら、次はどこへ行きたいのか、何を目指すのか、どうやればそこに着けるのか、自分の頭で考え行動しなければならない。

従ってオトナとは「自身の行動の結果について責任を負わなければならない人」であり、「自分にとって最も価値あることとは何か、なりたい自分とは何か、成功とは何か、保護者や他の誰かに教えてもらったり用意してもらうのではなく、自分の頭で考え、行動できる人」であると考える。

前者、「責任」ということに関しては是非、政治参加、投票権というものと絡めて考えて頂きたい。

そして「自分にとって最も価値あることとは何か」ということに関しては、「働く」ということを絡めて考えて頂きたい。

というのが、元新成人からの深い自戒を込めたエールである。

小学校の同級生の奥さんがお母さんと通りがかる。生まれる予定のお子さん、私の「名前を頂きました」とのことだった。「お調子者」で毎日のように先生にゲンコツもらう少年にならないことを祈る。

2004年 1月 11日(日) 先勝

広島

 111

午前中は内部事務。

フッチセブンと合流し、まずは事務所へ。天満町の広島事務所もだいぶ事務所らしくなってきた。

年始のご挨拶。喜んでもらえた。

事務所で打ち合わせ。明日はアルパークの予定だが、体調が…今週は党大会、広大での講義など結構ビッグイベントが続く。早く回復しなければ…

2004年 1月 10日(土) 赤口

広島

 体調悪

東京から広島へ。土曜夕方のテレビ番組でおなじみのコータリさんと同じ飛行機だった。

党勢拡大活動。年始のご挨拶。

東京に向かう前あたりからどうも体調が悪い。早めに切り上げ、超立体マスクをして寝る。

2004年 1月 9日(金) 大安

国会

 支援団体東京本部まわり

議員宿舎の食堂で久々の朝食。調理場の方に年始のご挨拶。

議員会館で秘書のイヤマッチと落ち合い、挨拶回りへ。

田町、浜松町、市ヶ谷、お茶の水。

元の会社の同僚と面談。コーポラティブハウス方式で家を建てたらしい。実は私が興味を持っている分野の一つが住宅。衣食住のうち、唯一キャッチアップを果たしていない分野だと言うこと。可処分所得を低く抑えている原因として教育費と並ぶモノが住宅関連費用だと言うこと。数十年経って(少なくとも上物については)資産価値がゼロになり、将来不安の大きな原因になっていることなどが理由。後日の再会を約束。また改めて話を伺いたい。

大学時代の同期とばったり再会。挨拶回りの帰りがけに、イヤマッチの知人を訪ねたおかげ。これもご縁である。

議員会館に戻る。会館で事務を担当して頂いているアッコさんと久々に再会。

どうも体調が悪い。寒気もするので、早めに議員宿舎に戻る。

2004年 1月 8日(木) 仏滅

広島

 まちづくり

西広島で朝立ち。終了後寒気を感じる。なんとなくいやな予感。

地場百貨店も加盟する産別の方と面談。まちづくり、流通の今後などについて意見交換。松本本人は最近ネットでの買い物が多い。本、事務用品、身の回りのモノなど、お店に行く時間を割けなくなりつつあるからだ。従って店に足を運ぶからには、それなりの効果、効能を期待する。それは非日常を感じる高揚であったり、もてなされることによる居心地の良さであったりする。それが、そこに行かなければ得られない(独自の)ものであれば、そこに足を運ぶという手間をかけることになる。これは地元広島の観光にもあてはまる。

年始のご挨拶まわり。

東京へ。どうも体調が悪いが、明日は支援団体の東京本部まわり。

2004年 1月 7日(水) 先負

広島

 賀詞交換会

五日市で朝立ち。

年始のご挨拶まわり。

電力総連の賀詞交換会。

お世話になっている元国会議員の方と会食。今後のことについて意見交換。

2004年 1月 6日(火) 友引 小寒

広島

 イヤマッチ2

大竹で朝立ち。

昨日同様、フッチセブン、そして在京秘書のイヤマッチと大竹、大野、廿日市地区をまわる。

午後は広島地区の年始ご挨拶。

夕方広島事務所へ。広島事務所で事務を担当してくれている”イケメン”タガミッチ(ややジャニーズ系)と合流。

初顔合わせを兼ね、4人で夕食。やっぱりお好み焼き。

2004年 1月 5日(月) 先勝

広島

 イヤマッチ

庚午橋で朝立ち。

比治山の民主党広島県連で在京秘書のイヤマッチと合流。年始のご挨拶に出発。彼の実家松山からはなんと1時間半で着くらしい。高速艇を使うと言うこともあるが、広島−松山はそれほど近い。知らなかった。50万人近くが住む商圏がすぐそこにあるとは。クラブ・クアトロが出来て以来、広島の繁華街(本通り)が新たな顧客を招いているということは比較的良く知られているところ。港から中心部へのアクセス改善など、やりようによっては・・・と考えざるを得ない。

県議会県庁市議会市役所を訪問。

商工会議所の新年互例会。高校・大学そして業界の先輩方、地元の「ビッグネーム」の方々にご挨拶。

引き続き挨拶回り。

2004年 1月 4日(日) 赤口

広島

 そばやのそば

明日、いよいよ広島事務所がオープンする。

733-0022 広島市西区天満町17-10-102

電話 082-532-7032

FAX 082-532-7033

お隣は出雲そばの美味しいお店。広島電鉄の線路沿いで観音町の電停のはす向かい。

是非お気軽にお立ち寄り下さい。

年始のご挨拶。本日は東区、安佐南区へ。

2004年 1月 3日(土) 大安

広島

 ルーツ

私の母は観音(私の地元)、父は廿日市の出である。「松本」は父の名であり、そのルーツということになると、私の祖父(父の父)の実家、お隣山口県の玖珂郡美和町ということになる。(ちなみに以前触れたように父方の祖母は大竹の玖波出身)

本日は3が日の最終日を利用して、祖父の実家を訪問した。私が保育園時代を過ごした旧佐伯町(現広島県廿日市市)を通り、現地に到着。父方の祖母の法事以来の再会。

お世話になっている自治体議員の方が、そこのご近所出身であることを知る。これもご縁である。

フッチセブンと大竹を訪問。ツインタワー1号さんちでジリーと再会。今やすっかり良いパパになっていた。めでたし、めでたし。

2004年 1月 2日(金) 仏滅

広島

 墓参

父方、母方双方の墓を訪れる。廿日市と中区寺町。

今年も走り続けなければならない「のしろなお」の無病息災を祈って、交通安全祈願で有名な廿日市市の神社へ。

2004年 1月 1日(木) 元日 先負

広島

 鼻呼吸始めます

先月25日からの入院もようやく今日で終了。

井口、廿日市、岩国と親戚宅を訪問。長い間、挨拶も出来なかったが、やはり親戚は有り難いモノである。

文部科学委員会所属が決まったことを伝える。教育問題につき、盛り上がる。保護者の方の最大の関心事の一つであることを改めて認識。睡眠時無呼吸で睡魔に襲われるということも、ものすごいイビキで周囲に目眩をさせることもこれからは(多分)無いはず。仕事一筋。頑張ります。

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