予算成立
高松塚古墳高松塚古墳を視察。
飛鳥美人で有名な壁画の損傷事故を受けたもの。
地元の博物館の館長さんのお話では、1987年に文化庁が発表した本に掲載された写真からは、すでにこのとき白虎が1972年の発見時から比べて劣化していたことが明らかであった。
にもかかわらずこのとき、文化庁の担当課長は、劣化は認められないとした。
さらに2001年のキトラ古墳の発見時にも、壁画をはがして保存する方針が決められたにもかかわらず、高松塚古墳の壁画の保存方法の再検討のチャンスを逃している。
87年の写真撮影から白虎の劣化が明らかであったのだとすれば、このとき国民的議論を巻き起こすチャンスだったはずである。
そして13年には天井崩落防止工事の不注意で、壁画にカビが発生するという事態に至った。
当時現場監督の責任を負っていたはずの文化庁の官僚は単なる「鍵番」だったと自称し、崩落防止工事の際には防護服を着用して防カビ対策をする旨の指示を行っていない。
聞けば、崩落防止工事を行った取合い部と呼ばれる部分と、壁画のある石室部分では同じ文化庁でも担当の課が違う。石室を担当する課なら、防カビ対策の知識を持っていたが、取り合い部の担当の課の官僚にはその知識が無かったためという釈明が行われているらしい。
縦割り意識ここに極まれりである。
日本の伝統文化を守ることに関して、責任を負っているのは文化庁ではないのか。
その文化庁の職員が課が違うから、文化を守るための知識は持ち合わせていなかったというのであれば、文化庁の存在意義は一体どこにあるのだろう。
防カビ作業の際には、壁画が損傷するという事故まで発生している。
しかも現場に居た官僚は、こともあろうに、周囲の土を水で塗って破損箇所に塗りこめ、事故を隠蔽した。
ちょうどこの直後に壁が発見30周年の写真集が出版される予定だったからだと思われる。
そしてその行為を「補彩」という聞いたことも無い言葉で、釈明している。
これは「補彩」ではなく、見えなくするための「迷彩」であり、「糊塗」である。
26日から臨時国会が始まる。
本日の現場視察を生かし、日本の文化行政のあるべき姿を問うていきたい。
この日のフォトギャラリー
2006.9.20 「高松塚古墳を視察」
雑誌デュモンについて今週発売の「アエラ」に松本の名前が出ているページがあります。
内容は、雑誌「Dumont」2005年11月号の「等身大の国会議員たち」という企画で、永田議員他5名の民主党若手議員が取材を受けたときの経緯についてです。
なぜ、いまさらそんな記事が出ているのか。
この雑誌の発行人の方が、いわゆるメール問題について永田議員に情報を提供したと噂されているからです。
私の元にも、そのような疑いを持たれている方が発行人をつとめる雑誌で取材を受けた経緯について説明すべきではないかというご指摘を頂きました。
自らの説明責任を果たすべきとのご指摘はまことにごもっともであり、経緯などについて以下の通りご報告申し上げる次第です。
1.昨年10月、知人を通じて取材の申し込みがあり、議員会館にて30分程度の取材を受けました。知人の知りあいが出版社社長A氏のもとで編集長を勤めている人物と友人とのことでした。A氏と編集長のインタビューの内容は「リベラルとはどういうことだと考えるか?」というもので、違和感はありませんでした。
2.出版社社長A氏とは以前からの面識はありません。会ったのもそのとき一度きりで、A氏からメール問題に関する情報提供を受けたこともありません。なお、私は役員室次長という立場にありますが、今回のメールを実際に見てはいません。
3.当時の私にとって、将来このようなメール問題が起きるだろうという予見可能性はゼロでした。A氏が永田議員へ情報提供を行った人物なのかどうか、正式に、おおやけに確定しておらず、今は「疑い」をもたれているという噂の段階です。従って現段階で「不適切な言動を行った人物」という断定にもとづいたコメントを発表することは基本的に差し控えたいと思い、アエラの質問には一部「ノーコメント」と回答しました。永田議員が十分な裏づけを取らぬまま、不確かな情報に基づいて断定したことで我が党がお叱りを頂いているときでもあるからです。
しかし今回民主党支援者の方からご指摘を頂いたこともあり、あえて申し上げるとすれば、「疑い」が事実なら、まことに申し訳ないという他なく、今後はあまり詳しく存じ上げない方からの取材の受け入れに対しては慎重でありたいと思います。
お騒がせをし、またご心配をおかけしてしまったことにつき、改めて深くお詫び申し上げます。
まことに申し訳ございませんでした。
御所南小学校視察民主党の文部科学部門会議で京都を視察
本日は岡田代表も参加
11:00〜11:40 こどもみらい館視察
就学前のさまざまな児童およびお母さんが集える場所。大変にぎやかで活気あり。
廃校となった場所を再活用しているところがニクイところである
乳幼児の健康相談、お母さん同士のネットワークの構築など、この施設が果たしている役割は非常に大きいと感じた
11:50〜15:30 御所南小学校(コミュニティスクール)視察
そもそも京都の学校は町衆がお金を出し合って作った「番組小学校」というものに起源があるらしい。つまり元来コミュニティスクールだったわけだ。同学年のクラスは同じフロアに集め、教室に入る扉や壁を取り払ってしまっていること、総合学習に地域の伝統芸能をうまくとりいれていることなど、学力向上路線や私学教育とは一味違う特色を出している。この学校が評判を集め、地域に一種のマンションブームが到来。若いご夫婦の転入があいつぎ、ミニバブルをもたらしているとのこと。学校再生が町おこしにつながっている。
15:40〜16:30 パトナ視察
(子供達が抱えるさまざまな悩みを解決するための施設)
16:50〜17:20 京都芸術センター視察
19:00 再び御所南小学校へ
「企画推進委員会」御所南コミュニティ全大会 参観
教員、保護者、地域の方々計100人近くが約10チームに分かれての会議。
熱気むんむんである。
御所南の特徴は一人のカリスマ校長主導ではないという点だ。
もちろん教育長のリーダーシップによるところが大きいとはいえ、保護者や地域主導の学校再生である点で、他の地方への汎用性も高いのではないか。
自治体議員のみなさまと各地の教育委員会の方々にはぜひ当地の視察をおススメしたい。
今の法律の枠内でも、地域の取り組み次第で学校は大きく変わりうるという好例がここにある。
京都でできるのに、ウチでできないことがあろうかという発奮をぜひとも期待したいものである。
松坂市議来訪楽々園にて朝立ち。
ほどよい間隔で通勤の方が通りがかるのと元気な小学生たちに会えるので、浪人時代から不定期で立っている。
郵政に対する反応はさまざまでも、大多数の方が号外を受け取ってくださるのは大変ありがたいことである。
東京へ。広島から松坂知恒市議が来訪。国会を見学いただいた後、意見交換。
テーマは厚生労働行政、広島市政など。
民主党は地方の基盤が弱い。松本の選挙区に民主党籍のある地方議員はゼロ。
全広島市議でも1名、県会でも1名のみだ。
松坂市議をはじめとした民主党と会派を組む友好議員(民主党員ではない)の方々との連携を深めていきたいもの。
牛タン戦術仙台で党所属国会議員による12時間街頭リレー演説会に朝から参加。
当地の朝はさすがにまだ寒い。
小雨の降る中、同僚議員とお訴えをさせていただいた。
とりわけ近隣でご商売をされている皆様には大変ご迷惑をおかけしてしまったことを心からお詫び申し上げるとともに、ご理解とご協力に深く感謝を申し上げたい。ありがとうございました。
博多へ3時起床。無い知恵絞って原稿作成
9時台の新幹線で博多へ。
福岡2区の総支部長 平田まさのり さんの事務所へ。
今日は平田さんと若手衆議院議員との街角トークラリー。
AチームとBチームという二手に別れ街宣車に乗り込み、合計8ヶ所で街頭演説。移動中はいわゆるカラス。
松本はAチーム。福岡5区の楠田大蔵代議士、滋賀2区の田島一成代議士と宣車にのりこむ。
ちなみにBチームは城井崇代議士、笠浩史代議士、寺田学代議士というメンバー。
途中から熊本2区の松野信夫代議士、奈良の中村哲治代議士も合流。
18時終了
コートを着ずに6時間の街宣ツアー。車内でも窓を開けていたため、結構寒い。
空港で寺田くんとあつあつの博多らーめんをかきこみ、19時台の飛行機で東京へ。
街宣ラリーも良かったが、大願成就の後は平田さん(福岡2区)、中村さん(奈良2区)、松野さん(熊本2区)、田島さん(滋賀2区)、そして松本(広島2区)で「肉の会」を結成し、もつ鍋+水炊きラリーと行きたいものだ。
少年刑務所視察党:法務部門会議
党:法務・外国人人権・国籍PT・人身売買禁止法検討PT合同会議
法案ヒアリング:義務教育国庫負担法改正。理念なし。数字合わせに過ぎないことを再確認。
秋までに中教審が最終答申を出す。それによっては、今回予定する改正が覆ることもあるようだ。
なぜ、民主主義の過程で選出され、権限の委託を受けた政治家の決定が、審議会の先生方の答申なるものでいとも簡単にひっくり返せるのか。まさに「とりあえず」の小細工である。教育はビールではない。「とりあえず」で決められてはたまったものではない。
そもそも、審議会の答申でひっくり返されえるの程度の決定なら最初からしなければよい。政治が存在する意味すらない。選挙で結果責任を取ることと引き替えに、決断と説得のリーダーシップを発揮することこそが政治の仕事ではないのか。
政治の決断が誤っているときは、選挙で責任を問うことが出来る。しかし審議会は、民主主義のプロセスを経ぬままに選出され、それ故に民主主義のプロセスではその過ちを回復させることが出来ない。つまり落選させてやれない、責任を問うことが出来ない。
どうしてその審議会の決定で、政治的決断がひっくり返されるのか。「とりあえず」つまりその場しのぎの数字合わせに過ぎない改革だからである。
川越少年刑務所、および浦和の更生保護施設「清心寮」(主に仮釈放中の方が入居中)の視察。
少年刑務所というが、入所者の平均年齢は24.3歳
入所者1739人の内、二十歳未満はおよそ30人ほどしかいないとのこと。
あとは20歳から28歳までの成人である。
平均刑期は28ヶ月程度。
当刑務所には17の職業訓練が用意されている。
どの訓練も、所要期間はおよそ1年。(理容は2年)。1訓練あたり10名程度の定員。
つ1739人の入所者が28ヶ月(平均刑期)居るとして、その間に、職業訓練を受けられるものは、
17訓練×10人×28ヶ月÷12ヶ月(訓練終了までの平均期間=1年)
で、およそ397人。1739人の全入所者に占める割合は22.8%に過ぎない。
矯正可能性の高い若い受刑者、なおかつ再犯の可能性の低いと思われている入所者ですら2割程度しか職業訓練を受けられないとすれば、そうでない大半の入所者には矯正教育が放棄されているに等しい。
少なくとも再犯可能性の低い受刑者については、出所後、まっとうな道で生計を立てられる訓練を受けられるようにしなければ、現行の高い再入所率は改善されるはずも無い。
過剰収容状態も解消しない。
将来の再犯者予備軍を生まないための、人的・資金的手当てを早急に講じるべきである。
もんじゅの知恵福井県敦賀市へ。カープの東出選手の母校のある街。
が、今日の目的は、運転再開に向けて動き出すことになった「もんじゅ」および近隣の「ふげん」の視察。
ふげんには、原発の解体撤去手法の確立を図る上での世界的先進事例になることが期待されている。今後廃炉の時期を迎える原発が、国内海外にも数多く現れてくることが予想される中、ふげんにかかる期待は小さくない。
そしてもちろんもんじゅは、現状では、いわゆる第4世代の原子炉のありかたを考える上での、有力な選択肢の一つである。
その「もんじゅ」。95年12月、ナトリウム漏れ事故で運転を停止した。
事故現場、事故の原因となった温度計、ナトリウムの燃焼実験などを視察。
分かった点は以下の点。
温度計は設計の変更により、折れるそしてそこからナトリウムが漏れるような事態は回避できる。
事故現場のナトリウム漏れの範囲は限定的。
ナトリウムは、水や空気と激しく反応するものの、その燃え方は「マグマ」のそれに似ており、速やかに対応すれば炎が大きく立ち上るような大火災は防げる。
もちろん今回の改造工事で、プラントの内壁に加工を施し、不燃性の向上を図る。
つまり結論から言えば、9年間も運転停止を余儀なくさせた最大の原因は、事故そのものや、もんじゅの構造そのものにあったわけではない。
その最大の原因は事故現場のビデオを隠してしまったといった隠蔽体質。もんじゅの運営体制、もんじゅを運営する組織の体質であったということだ。
資源の有限性に鑑み、持続可能な社会を構築するためにも、まずは原子力に対する信頼を取り戻すために、最大限の努力を行なっていかなければなるまい。
やまなし・ゆめふじ国体広島県東京事務所から山梨県で行なわれている国体(冬季大会)のご案内を頂き、地元の選手の応援に駆けつける。松本が所属する文部科学委員会は、スポーツを所管するところでもある。
ショートトラック少年男子の部に出場されたアキヤマ選手の予選突破を見届け、東京にトンボ帰り。
高校のそして民主党の大先輩である峰崎参議院議員のお誘いで広島県人の集いへ。
並み居る大先輩方に恐縮しつつ、色々と興味深いお話を伺う。
築地がんセンター視察早朝の新幹線で東京へ。JCOGデータセンター[築地がんセンター]を訪問。
学生時代のサークルの後輩Y君の案内。
ご担当の方からご説明をうかがう。
国策としてがんを制圧しようとするアメリカとの取り組み姿勢の違いなど、考えさせられる点は多い。
予算、人材を呼び込むためのポスト。そして何より決意。
国民の生命と財産を守ることこそが我々に課せられた最大の使命である。