○斉藤委員長 松本大輔君。
○松本(大)委員 民主党の松本大輔です。どうぞよろしくお願いします。
先ほど川内委員の方から国立大学の存在意義という御質問があったわけですけれども、やはり私も、そもそも国立大学の役割とは何なのかというこの点から、ぜひ本日の質問を始めさせていただきたいというふうに思うわけです。
存在意義について問われた大臣が、先ほど、居住地ですとか経済状況に左右されない高等教育の機会を与えることというのをその存在意義の一つとして掲げられていたわけなんですけれども、私も教育の機会均等というのは非常に大事な概念だなと思っていまして、大臣は義務教育改革の際も「甦れ、日本!」という提言をされたわけですが、日本が活力ある社会によみがえるためには、やはりある程度は創意工夫ですとか切磋琢磨といった健全な競争がなければならないと思うんですね。
ただ、健全な競争があるためには、その大前提として、やはり少なくともスタートラインは一緒だという大前提がしっかり守られていなければいけないんじゃないかなというふうに思うわけです。スタートラインが同じということはどういうことなのかというと、言いかえれば、チャンスは少なくともだれにでも平等に与えられているということじゃないかなと思うわけで、そのチャンスの平等というものを最終的に担保しているものが何かといえば、それこそがやはり教育の機会均等ではないかな、私はこのように思うわけです。
大臣が高等教育の機会均等ということを先ほど国立大学の役割として掲げられたことについて、私も異存はないんです。ただ、だんだん何か言っていることとやっていることが逆になってきているんじゃないかなという疑問を私は実は持っておりまして、現代において高等教育の機会均等というものは本当に国立大学でしか担えないものなのかどうかというと、やや疑問が残るような動きをほかならぬ文科省さん自身の手で進められてきてはいないかな、このように考えているわけでございます。
なぜそのような疑問を持っているかというと、ちょっと前置きがしつこくなってしまいましたけれども、本日川内委員も、先ほど横光委員も、それから水曜日、石井委員も取り上げていらっしゃいましたけれども、授業料の値上げの問題であります。先ほどの御質問もあったわけですが、改めて確認させていただきたいと思います。
今回、一万五千円という形で標準額の値上げをされているわけなんですが、一体なぜ値上げを決定されて、そしてなぜ値上げ幅が一万五千円になったのか、客観的な根拠を示しつつお答えをいただきたいと思います。
○中山国務大臣 教育の機会均等ということは、これは義務教育費国庫負担法の関係でしばしば御質問もありましたし、またお答えもしたわけでございまして、義務教育におきましては、少なくとも中学校を卒業する段階では、それこそどんな山間僻地、離島に生まれても、同じスタートラインで人生をスタートさせたい、これが国の責任ではないか、このようなことを申し上げた記憶があるわけでございます。
そういう意味で、大学についても教育の機会均等が大事ではないか、こういう御質問だろう、このように思うわけでございまして、そのことはまさにそのとおりだと思うわけでございます。ただ、高等教育ということになりますと、大学に行く人と、行かないで働きながら税金を払っている方もいらっしゃる、そういった均等ということもやはり考えなければいけないんじゃないかな、こう思っているわけでございます。
繰り返しになりますけれども、そういう意味で、大学に行く人と行かない人の関係、あるいは私学に行く人と国立に行く人の関係、均衡とかいろいろなことを考えながら、繰り返しのお答えになりますけれども、その時々の経済社会情勢等を勘案しながら授業料の標準額というのは決めていくべきものであろう、このように考えておるところでございます。
○松本(大)委員 国立大学に行く人と行かない人の均衡、バランスというようなお話もあったんですが、それが果たして結果の平等まで行くのかどうかというのは、私は少し疑問に思っているわけなんです。
それはおいておきまして、私学に行く人と国立に行く人ということなんですが、私大の授業料の状況というものが具体的には一体どういうことを指すのかということがちょっとまだ触れられていないように思いますので、例えば、今回の改定前、国立大学の授業料は平成十五年、五十二万八百円だったわけなんですが、そのときと今とを比較して、私立大学の授業料というものがどのように変化しているのかについて御説明をください。
○石川政府参考人 お答えを申し上げます。
私立大学の授業料につきましては、平成十六年の実績では八十一万七千九百五十二円、平均額でございます。例えばこれの五年前、十一年では七十八万三千二百九十八円……(松本(大)委員「平成十五年の国立大学の授業料の値上げ前の水準と比較してどうなのか、同じ期間で比べたいんですけれども」と呼ぶ)はい。
十五年の値上げ前、十四年の場合ですと、私立大学の場合は八十万四千三百六十七円ということになってございます。
○松本(大)委員 ちょっと最後まで御説明をいただいていないんじゃないかなと思うんですが、私大とのバランスというものを考えて今回の値上げを一万五千円にしたのであれば、私立大学の授業料は、要するに、さっきの御答弁だと、十五年当時が八十万四千円ぐらいとおっしゃったんですか。幾ら値上げをしているから、だから、同じ期間でこれだけの値上げになったんだ、そういう御説明をいただきたいんですが。
○石川政府参考人 まことに申しわけございません。失礼をいたしました。
直近の状況で申し上げますと、十四年の私立大学の授業料につきましては、先ほど申し上げましたように八十万四千三百六十七円でございまして、これが十六年度では八十一万七千九百五十二円というふうになっておりまして、その差は約一万四千円の増加ということでございます。
○松本(大)委員 よもや、私大の授業料が一万四千円上がったから、だから国立大学もそのぐらい、ちょっと丸くして一万五千円上げたんだというような乱暴な議論が行われているなんということはないと信じたいわけですけれども。
だからこそ、先ほど大臣も値上げの理由として経済社会情勢ということを挙げていらっしゃった。これまでの答弁でも、例えば水曜日の本委員会での石井委員の御質問に対しては、私立大学の授業料の状況等を勘案したものとか、これまでの国立大学の授業料の改定についても社会経済情勢を総合的に勘案してというふうにおっしゃっているんですが、私も、議員になって一年以上たちまして、役所の使う「等」というのは本当にくせものだなというふうに、ようやく、今さらながらといいますか、わかってきたわけなんですが、一体この「等」が何であるのかというのをちょっと具体的に確認させていただきたいなと思います。
私立大学の値上げ幅のほかに経済社会情勢というものをもし挙げられるのであれば、それは具体的には何を指していらっしゃるのか、御説明をいただきたいと思います。
○石川政府参考人 「等」の中身についてということでございますけれども、これについて、そのほかの要素として例を挙げるといたしますれば、例えば、学生の保護者の家計収入の動向でありますとか学生生活費、あるいは諸物価の状況、こういったものが考えられるかと思っております。
○松本(大)委員 恐らくそうだろうなと思うんですね。価格設定をされているわけですから、価格設定が適正な水準なのかどうかを勘案される際に、社会経済情勢を一応踏まえたとおっしゃるのであれば、物価ですとか家計の状況、所得水準とかというのは当然考慮されてしかるべきだというふうに思って、私も資料をいただいたんですけれども、今局長は、家計の収入であるとか物価については社会経済情勢として一応踏まえたんだというような御答弁をいただいたんですけれども、私はそのようにはちょっと思えないんですね。
これは文部科学省の学生生活調査というんですか、家庭の年間平均収入というものと、それからこれは総務省の調べになるんですが、消費者物価指数の推移というのをいただいたんですが、どう見ても、今の局長の答弁とは違って、それを勘案した授業料の引き上げが行ってこられたとは思えないんですね。
具体的に言いますと、出していただいた資料、どうなっているかといいますと、平成十二年が消費者物価指数一〇〇というふうに置いていますので、その平成十二年を比べるとしますと、国立大学の授業料は、昭和五十年三万六千円から四十七万八千八百円、何と十三・三倍になっているわけですね。一方の私立大学がどうかといいますと、十八万二千六百七十七円から、平成十二年は七十八万九千六百五十九円、四・三倍ですね。
一応勘案されたとおっしゃる、社会経済情勢に含まれているとおっしゃった物価の動向ですが、消費者物価指数を比べますと、昭和五十年を五四・五とすれば、平成十二年が一〇〇ということで、一・八倍になっているにすぎないわけですね。つまり、大ざっぱに言うと、物価は五十年から平成十二年まで約二倍になっている。同じ期間で国立大学の授業料は十三倍になった。しかし、私大の授業料は四倍であったということなんですが、私立大学の授業料水準にしても、国立大学の授業料水準にしても、物価の伸びに対して余りにも授業料の伸びが著しく大き過ぎるんじゃないか。社会経済情勢として勘案されたとおっしゃるけれども、それを大きく超えて、余りにも伸びが大き過ぎるんじゃないかなと思うんですね。
しかも、問題はこればかりじゃないわけですね。ピークというものはもうとっくに打っているということなんですね。物価とか家計の平均年収についてはもうとっくにピークを迎えて、むしろ今は低下傾向にあるのに、減少傾向にあるのに、授業料だけがなぜか一本調子で引き上げられ続けているということであります。
いただいた資料によれば、学生の家庭の平均年収は、平成八年に九百七十一万九千円でピークを打って、直近、平成十四年は八百九十七万円まで下がっているんですね。消費者物価指数がどうかといいますと、平成十年一〇一・〇、ここでピークを打ちまして、平成十七年は九八・一まで減少をしているわけであります。
確かに、一本調子で授業料を上げたことによって私大との授業料格差だけは一・六倍に保たれたんですけれども、「等」の一つだと言われた社会経済情勢、それに含まれるのは物価の動向や所得の水準なんだとおっしゃられたけれども、そうした物価や所得のトレンドを無視するかのように授業料だけが今もなぜか上がり続けているわけですね。
これでは、どんな人が聞いたって、社会経済情勢を勘案しましたというふうにはとても言えないんじゃないかなと思いますし、授業料の水準が適正な水準の範囲内という大臣の御答弁も、本当にそうなのかなと思わざるを得ないわけであります。
ましてや大臣は、川内委員の御質問で冒頭でおっしゃられたように、国立大学の役割として、居住地や経済状況に左右されない高等教育の機会均等を実現するんだということをおっしゃっているわけですよね。高等教育の機会均等を、文科省さんが掲げていらっしゃる国立大学の役割に照らして考えるならば、こういった物価とか家計とか社会経済情勢に逆行する形で値上げをされてきた授業料というのは、どう考えても適正な水準の範囲内にあるとは思えないのですが、大臣、いかがですか。
○中山国務大臣 確かに、今言われた数字、物価は一・八倍しかなっていないのに、国立大学の授業料は十三・三倍、これはやはり、私も大臣になりまして、ちょっと事務方に聞いてびっくりしたわけでございまして、どうしてこうなったのかなと。私立との格差を是正していくのだ、そういう方針もあったのでしょうけれども、やはり上がり方としては余りにも急激過ぎる。特に、経済情勢、財政といいますか家計の財政状況にかかわりなく、やはり高等教育の機会を与えるという観点からはちょっと問題ではないか、こう思うわけでございます。
そういうことを申し上げた上で委員に申し上げますが、物価は確かに低下傾向にありますが、これは中国等からの安い物が入ってきたという、そういうデフレ要因もあるわけで、子細にまだ見ていませんが、サービス部門、特に教育関係のサービス部門の物価指数というのはかなり上がってきているんじゃないかな。これは確認はしていませんが、多分そうだろうということが一つありますし、経済社会情勢にプラスしまして、財政状況というのも加えた方がいいんじゃないかなと。国家財政が非常に火の車の中で、受益者負担ということから、こういった大学の授業料というものも引き上げざるを得なかった面もあるのかな、そう思うわけでございまして、ちょっと財政的な立場から言い過ぎではないかと思われるかもしれませんが、経済社会財政状況、もろもろ、そういった中で上がってきたんだろうと思うわけでございます。
何度も申し上げますが、やはり、適正な水準とは言いながら、それはあくまで下の方に、できるだけ抑制的な、下の方で推移すべきであるという考えを私は持っておるところでございます。
○松本(大)委員 今大臣の苦しい御答弁というか苦しい胸のうちを吐露していただいたわけなんですが、やはりそれにひるむわけにはいかないわけでありまして、政権準備党を自称するから物わかりがすっかりよくなってしまうのでは、それこそ自傷行為ではないかなと私なんかは思うわけでございまして、やはりここはもう少し御見解をただしていきたいなというふうに思うわけなんです。
さっき大臣は、ちょっと問題ではないかとおっしゃったんですが、僕は大いに問題なんじゃないかなと思うわけであります。
確認ですけれども、物価も、それから所得水準も低下傾向にある中で、私大が授業料を上げた、あるいは国の財政状況が厳しいのだなんという、今驚くべき御発言もあったんですけれども、だからといって国立もそれに追随するのであれば、結局、教育の機会均等よりも国家の財政の方を優先されたんだ。要するに、教育論ではなくて財政論なんだとおっしゃっているに等しいわけですよね。
これは冒頭に、川内委員の御質問に対して大臣自身が御答弁をされた、経済状況に左右されない高等教育の機会均等という、文科省自身がのたまわっていらっしゃる国立大学の役割とか趣旨を没却せしめかねない行為だと思うんです。まさに自傷行為だと私は思うわけですが、国立大学の役割をみずから放棄されるに等しい行為だと思いますけれども、大臣、いかがですか。
○中山国務大臣 家計の財政状況に左右されない、勉学に対して意欲と能力を持っている若者に、できるだけ高等教育の機会を与えていく、これはもう絶対進めていくべきだ、私はこう思うわけでございます。
そういう意味で、何度も申し上げますが、国立大学につきましては、授業料、そして入学金も本当に抑制的であるべきだと思っておりますが、物価のことにつきましても、先ほど言いましたように、いろいろな物価があるわけでございまして、私立大学との均衡ということも考えなければいけないという観点もあるわけでございます。
また、先ほど、とんでもないと言われましたが、やはり国立大学といえども国の財政の中で賄っているわけでございまして、御承知のように、今大変な赤字財政だということもあるわけでございますから、そういったことをもろもろ総合的に考えて国立大学の授業料というのも上げられてきたのかなと私は思います。
しかし、それにしても随分高くなったものだなという感慨を持っていまして、特に、自分たちのころは九千円だったのにということが頭にあるものですから、もうとんでもないと思うわけでございますが、これもずっと、やはりこれまでの長い経緯があるんだろうと思うわけでございまして、そういう意味で、文部省はもっとしっかりせよと言われますが、本当にしっかりしなければいけない、こう思うわけでございます。
とにかく、基本的に全国民、その所得にかかわらず教育の提供ということを念頭に掲げて、これからも文部科学省は頑張っていかなければならないというふうに思っております。
○松本(大)委員 高くなったものだなというのは余りにも何か他人事のような、人ごとのような御答弁で、本当にしっかりしていただきたいなと思うんです。
何よりも問題なのは、先ほど局長、勘案したとされる社会経済情勢については物価や家庭の所得水準というのがあるんだとおっしゃりながら、こうやって検証すると、実はそうじゃないわけですね。そうすると、虚偽答弁ともいうべきものじゃないかなと思うわけなんです。
結局、値上げの理由として残るものが何かというと、先ほど来、大臣もおっしゃっているように、財政的な理由なのか、あるいは結局は、端的に言えば、私学との格差を縮小することだったり、あるいは広げないことだったのじゃないかなと。つまり、文科省が重視しているのは、御題目じゃないですけれども、教育の機会均等という御大層なあれではなくて、実は私大との格差を広げないことにすぎないんじゃないかと思いますけれども、いかがですか。
○石川政府参考人 実際の問題として、我が国の高等教育の約八割を担っている私立大学、私立学校のあり方、その状況といったようなことを、私ども高等教育の振興を考えていく場合に忘れることはできないと思っております。そういった意味で、私立大学の存在あるいは私立大学のありようといったようなものは、国立大学の授業料だけでなくて、あり方を考えていく上でも、やはり見放せない、あるいは見過ごせない問題でございます。というよりも、むしろ大変重要な問題だろう、このように認識しております。
そういった意味で、先ほど来お話出ておりますけれども、私立大学の授業料の平均額がこの直近の二年間で一万四千円上がっているということは、今回の国立大学の授業料標準額の改定に大変大きな意味を持つものだ、こう思っております。
それから、諸物価の情勢ですとか家計の問題、もちろんこういったことも念頭に置いて、私どもも、そういった指数も見ております。そういった意味では、若干、例えば物価指数全体で見れば、少し減っておるというような傾向もございます。また、家計の動向などもそれなりの状況を示しておるわけでございますけれども、それが、もしもう少し上がっているような状況であれば、また今回の改定についても別の考え方もあったかもしれない。
いずれにいたしましても、私どもはそういった状況を総合的に判断いたしまして、できるだけ値上げ幅といいましょうか、改定幅が小さくなるように最大限の検討と努力をしたものでございます。
○松本(大)委員 いずれにいたしましてもとか総合的判断というのも、僕は非常にくせものだなというふうに思っている言葉の一つなんです。
私大との格差を広げず、かつ国立大学の機会均等という役割を守るためには、私大の授業料を抑制していくという手もあったはずですけれども、これまでそうした方策はとられてきたのでしょうか。
○金森政府参考人 お答えを申し上げます。
私立大学における授業料等の学生納付金につきましては、私学自身の責任においてそれぞれ自主的に決定されるべき事柄でございますが、各私立大学の授業料等の決定に当たりましては、教育内容の充実や学生サービスの向上などを勘案して決められているものと考えているところでございます。
また、文部科学省といたしましては、従来から、学生や保護者の修学上の経済的負担の軽減等に資するため、経常費補助を中心とした私学助成の充実を図ってきたところでございまして、また、授業料等の学生納付金による収入以外にも、外部資金の導入により経営基盤の強化が図られるよう、私学に対する寄附税制の優遇措置の充実にも努めているところでございます。
さらに、奨学金事業の充実や各私立大学に対する学生納付金抑制の要請などをあわせて行っているところでございまして、今後とも、私立大学における学生の経済的負担の軽減が図られるように努めてまいりたいと考えております。
○松本(大)委員 私学助成について触れていただきましたけれども、たしか一九七〇年から開始されたんじゃないかと思いますが、先ほども引用しましたけれども、文科省さんからいただいた資料によれば、一九七五年から二〇〇四年まで、私学助成は行ってきたとおっしゃるんですが、一貫してその間、私立大学の授業料は二十九年連続で引き上げられ続けておりまして、残念ながら効果は発揮されていないんじゃないかなというふうに思わざるを得ないわけであります。
調査室の発行されている資料なんですけれども、十八歳人口は、平成四年、私が大学生だったころですけれども、私は第二次ベビーブーマーなものですから、この当時、平成四年の十八歳人口が二百万人、そこをピークに下がり続けているわけで、現在がどうかといえば、何と百四十万人なんですね。つまりこの間、十年間で十八歳人口は三割も減ってしまったということなんですね。これだけ減ってしまえば、当然それは大学経営を直撃したはずでございまして、私立大学の約三割が定員割れということも言われているところでございます。
ところが、私学助成の伸び自体は、いただいた資料を見ましても、もはや頭打ちといいますか伸びが限定的になっている。したがって、経営が苦しくなってきた私立大学としては授業料を上げざるを得ない。物価が下がっていても、家庭の平均収入が下がっていても上げざるを得ない、こういうことなんでしょうけれども。
二〇〇七年には大学全入時代がやってくる、さらにこの先、十八歳人口は百二十万人にまで下がると言われている中で、状況はもっともっと悪化していくわけなんですが、果たして現在の私学助成で本当に私学の経営難というのを支え切れるのかなと。つまり、もっと言えば、私立大学の授業料を抑制できるのかというところに私は大いに疑問を抱いております。
問題がそこで終わればいいんですけれども、そんな中で、私立大学との格差を広げないようにという理由で、国立大学の授業料までが同様に値上がりをしている。つまり、世の中の物価とか所得水準とは無関係に引き上げを続けられて、今日まで至っている。私立大学の授業料が二十九年間連続で引き上げられていく、文科省の手によって国立大学もそれに追随させられる、そうした国立大学の授業料の状況を見ながら、私立大学も安心して値上げに踏み切れる、これではまさにインフレスパイラルじゃないかなというふうに思うわけです。
文科省がこうしたこれまでの施策を抜本的に改めない限り、文科省自身が授業料のインフレスパイラルをあおるという状況に変わりはないんじゃないかと考えますが、いかがですか。
○石川政府参考人 私学の授業料につきましては、私学助成を積極的に行うことによりましてできるだけ抑制をしようということでこれまで対応してきておりますし、また、国立大学につきましても、そういった状況を踏まえながら授業料等の問題については対応してきているところでございます。
その一方で、私立大学につきましても国立大学につきましても、それぞれ授業料というのはできる限り低く抑えようというような気持ちで、もちろんそれを目指して対応してきたわけでございます。そしてその一方、また多くの学生さん方の教育の機会を確保しよう、経済的な理由で進学を断念することがないようにということで、例えば奨学金事業につきましても、積極的にこれに取り組んで充実を図ってきたところでございます。また、私立大学でも行われておりますが、国立大学等におきましても授業料の減免制度なども設けましてそういった学生さん方の支援に努めてきている、こういうことでございます。
○松本(大)委員 努力目標を掲げられるのは結構なんですけれども、それで本当に大丈夫なのかなということなんですね。このままでは、経営が思わしくない大学のツケは、国立大学生も含めたすべての学生がそのツケをしょい込まされ続けることになる。そして、その片棒を担いでいるのはほかならぬ文科省自身だということになりかねないんじゃないんですかということが私が申し上げたいことなんです。
さっきも申し上げましたけれども、少子化が進んで二〇〇七年に全入時代を迎える。ただでさえ大学が置かれている経営環境というのは厳しい。しかし、そうかといってすべてを国費で救えるかというと、先ほど大臣もおっしゃいましたけれども、厳しい財政状況にかんがみればそれも難しい。となれば、国立大学法人にも私立大学にも、ある程度の市場原理を導入していかざるを得ないんだろうなと。
つまり、大学の側で、教育の提供者側に教育サービス向上をめぐる健全な競争原理を働かせて、一方で、教育の受け手、需要者の側には自由な選択をさせて、それによってある程度の淘汰が進むのもやむを得ないというところは恐らく国も考えているんじゃないかなというふうに思うんです。
ただ、ここで重要なことというのは、国の支援のあり方を機関助成から個人助成に思い切ってシフトすることで、教育の機会均等だけはしっかりと守っていく、むしろそういった方向に転換すべきではないかというのが私の私見なんですけれども、これについて大臣はどのようにお考えでしょうか。
○中山国務大臣 もう何度も申し上げておりますけれども、国立大学というのは、全国的に均衡のとれた配置によりまして、学生の経済状況に左右されない進学の機会の提供を行っている、特に高度な学術研究と理科系、理工系を中心とした人材養成の役割を担っている、このように思うわけでございます。文部科学省といたしましては、このような国立大学の役割が確実に果たされるように、運営費交付金という形で必要な財政措置を講じているわけでございます。
一方ではまた、学ぶ意欲と能力のある学生が経済的な理由によって進学を断念することのないようにということで、奨学金事業にも力を入れているということでございまして、十七年度予算におきましても、対前年度比で六百九十億円増の七千五百十億円の事業費、それで、六万九千人増の百三万人余りの学生に対して奨学金を貸与するということにしているわけでございます。
こういった形で、全体として運営費交付金という形で支援しながら、また、個人個人に対する助成ということもあわせて、バランスを考えながらそういった高等教育の充実向上ということに努めているということでございます。
○松本(大)委員 理系を中心とした人材の養成というその人材養成については、ちょっと後ほど触れたいと思います。
奨学金については大臣のおっしゃるとおりでして、平成十年の二千六百五十五億からことしは七千五百十億、七年で二・八三倍ということで、財政厳しき折、運営費交付金という、ある意味での機関助成が減っていく一方で、奨学金という個人助成の枠は拡大しつつある。これは、まさに先ほど私が申し上げたような流れを象徴するものじゃないかなというふうに思っております。
教育の機会均等を経済状況に左右されず確保するんだという大臣のお訴えが、授業料とか入学金の水準が本当にそうなっていればそれを信じたいんですけれども、先ほど川内委員からの御指摘もありましたとおり、入学金ですら私立大学よりも高いような状況も出てきている。しかも、授業料についてはもう一・六倍という規模にまでその格差は縮小されてしまっているわけですね。
居住地に左右されない教育機会の均等ということなのであれば、生活費の一部を貸与する形の奨学金制度を拡充していけば、居住地によって高等教育の機会均等が阻害されることはないと私は思いますし、地域への貢献という観点がもし仮にあるとしても、それは今後の税財源の移譲の中で公立の大学として移管していくという手も考えられるはずなんですね。
ですから、私は冒頭にも申し上げたんですが、国立大学の持っている高等教育の機会均等という役割は、むしろ文科省自身の手によって、今日ではかなり限定的になりつつあるんじゃないかなというふうに思います。つまり、教育の機会均等をすべて否定しているわけではなくて、機関助成を受ける国立大学として守っていかなければいけない高等教育の機会均等というのは、むしろ、居住地とか経済状況以外の支障のために高等教育を受ける機会が不平等になっているケース、こういうケースで、市場原理とか個人助成では対応できないようなケースにこそ、私は国立大学に対する機関助成というものを行っていくべきだ、集中配分していくべきだと考えるんです。
そこで、大臣にお伺いしたいんですけれども、居住地とか経済状況以外に、今の日本に高等教育の機会均等を妨げているものがあると私は考えているんですが、しかも、それは個人助成や市場原理では解決できないというふうに考えているものがあるんですが、もしあるとすれば、それは例えばどのようなものだと大臣はお考えですか。
○中山国務大臣 急には思いつきませんが、委員はどういうふうなものがあるとお考えでございますか。それをまず教えていただきたいと思います。
○松本(大)委員 なぜ大臣にお伺いしたかというと、まさに今回の法改正の内容にそれが盛り込まれているからなんですね。
今回の法改正の対象である筑波技術短大というのは、聴覚、視覚障害者を対象とする我が国唯一の高等教育機関ですね。我が国唯一なんですね。
つまり、身体的なハンディキャップというものは、もっと正確に言うと、それに対応する教育環境の整備のおくれというものこそが高等教育の機会均等を妨げているものなんじゃないかなというのが私の考えでありまして、その意味で、こういう問題の解決のためにこそ、機関補助によって、国立大学として高等教育分野におけるノーマライゼーションというものを全力で推進していくべきではないかと私は思うわけであります。
先日も委員会視察でその思いを新たにしたところなんですが、大臣はこの筑波技術短大、ごらんになられたことありますか。
○中山国務大臣 まだございません。
○松本(大)委員 ぜひ御視察をいただきたいというふうに思います。
先ほど授業料の値上げの話をしましたけれども、私は、やはり政治の仕事というものは、痛みを押しつけることではなくて、その痛みに耐えるだけの価値のある励みというものを用意しておくことじゃないかなと考えております。人が何で痛みに耐えるのかといえば、それは、生きて、より充実したあしたを迎えるためではないかなというふうに思うんですけれども、だからこそ、やはり政治の役割というのは、痛みを押しつけるのではなくて、励みというものを用意しておかなければいけないんじゃないか、社会の改革の本質はそこにあるんじゃないか、私はそのように思うわけです。
では、一体励みというのは何だろうなということになるわけですが、教育の分野においては、例えばそれは、きのうできなかったことがきょうできるようになることだったり、あるいはきょうはできないかもしれないけれどもあしたはできるようになるかもしれないという期待だったり、あるいは今ある能力を、残存能力を最大限に発揮して自分を試すことだったり、あるいは社会に参加してだれかの役に立っているという誇りや手ごたえを感じることなんじゃないかな、私はそのように思いまして、月曜日の視察の筑波技術短大にはそれがあったと大変感銘を受けたわけであります。
国家というものは、やはりこのための環境整備に全力を尽くすべきですし、自立と社会参加に向けて日々挑戦し続けていらっしゃるチャレンジドの皆さんを全力を挙げて応援すべきだと考えますが、大臣はいかがですか。
○中山国務大臣 まさに御指摘のとおりだと思いまして、そういう頑張っている人たちをもっと頑張れと励ますような、そして、自分たちが努力して頑張ったことが社会にとって貢献できているなということが実感できるような、やはりそういう社会にならなければならない。また、政治の役目として、そういったものをもっともっと促進するようなことを考えていかなければならないと考えております。
○松本(大)委員 その意味でも、ぜひ筑波技術短大を御視察いただきたいということを重ねて申し上げておきます。
特に私の印象に残ったのは、そこの大学における教育研究内容というものもさることながら、全国のほかの大学で学ばれていらっしゃる障害をお持ちの学生の方のために、遠隔地からの教育支援というものをIT技術を駆使して行っていらっしゃるということです。
それからもう一つ、逆に私がちょっと心配だなと思いましたのは、今回の三年制から四年制に変わることによって、収容定員というか学生数は二百七十人から三百六十人にふえるわけですけれども、教職員数は二百人のまま不変であるということなんですね。私ども、委員会視察で拝見させていただいたのは視覚障害をお持ちの方の授業だったわけですけれども、十一人のクラスに三人の教職員の方が当たっていらっしゃった。これが四年制になって学生数がふえた場合、しかも教職員定数が変わらない場合に、これほどきめ細やかな対応というのは果たして今後も可能になるのかな、どうかなというところ、私は非常に懸念を持ちました。
点字の能力の習得というのはすごい難しいそうで、私もさわらせていただいたんですけれども、全くわからなかったんですね。伺いましたら、半年から一年かけて、大体半分の方が点字の能力というものを習得されるんだと。つまり、半分の方は習得されないということなんですね。では、その方はどうするんですかと伺いましたら、それは音声変換によるソフトなんというものがあるんですということだったんです。
ただ、学長がそこで御意見をおっしゃいまして、そうはいっても、音声変換だけに頼っていたら、ちまたで言われている読書離れと同じことが起きやしないのかと。つまり、視覚障害の方にとっての点字による読書というのは、一般的な読書の能力と同じような効果を持っているんじゃないかな。その意味で、点字離れが進むことは、学習をされている方の日本語の思考能力の養成の過程で何か支障が出てくるのではないかなという点で懸念を示されていらっしゃいました。
では、それをどうやって解消されるんですかというふうにさらにお伺いしましたら、今度、三年制から四年制になるので、例えば一年生と二年生については点字の能力の習得のためのカリキュラムを集中的にやるんだということを考えているとおっしゃっていたのと、もう一つは、今よりもよりきめ細やかな体制にしていくんだ、マンツーマンに近い形にしていけば点字の能力習得の確率というのはもっともっと高まっていくはずなんだということをおっしゃっていたんです。
ただ、心配なのは、戻りますけれども、教職員の定数がふえないということなんですね。せっかくこういう大変すばらしい取り組みをされているわけですから、こういう場合こそ、個人助成や市場原理では解決できない分野こそ、国が機関補助によって教育の機会均等を全力で推進していくべきだというふうに思うんです。例えば、教職員の方の増員のために国として思い切って予算増額していくおつもりがあるのかどうか、お聞かせをいただきたい。
○中山国務大臣 松本委員が大学を、現場を視察されていろいろお話しされること、なかなか迫力があるなと思って、一々納得しながら聞いていたところでございます。
この筑波技術大学の設置に際しましては、現有の施設と教員スタッフを有効活用するということによりまして、組織が肥大化することのないよう組織の設計を行っているところでございまして、基本的には、四年制化することによる教育施設の増築とか、あるいは教員増に伴う大幅な経費増は要しないということになっているわけでございます。
ただ、今お話がありましたように、聴覚、そして視覚障害者を対象とする我が国唯一の高等教育機関としての重要性もあるわけでございまして、障害者教育カリキュラム及び障害補償システムの研究開発を行う障害者高等教育研究支援センターに関して、必要な経費を措置したところでございます。
なお、学生の受け入れが始まります平成十八年度以降におきまして、学部教育の充実のための経費が必要になるということも考えるわけでございまして、これを、学内資源において対応が困難な場合には、文部科学省といたしましても必要な支援を検討していくことになる、このように考えております。
○松本(大)委員 ぜひ前向きに検討をしていただきたいなというふうに思うんです、組織が肥大化することのないようというようなお話は、何となく頼りないなというふうにも思ったんですが。
もう一点だけ、ちょっとこの筑波技術短大のお話をさせていただきますと、委員会視察で一緒に行かれた方は御記憶に新しいところだと思うんですが、視察が終わった後、学長さんの方から、今後は入学倍率を上げていきたいとかセンター試験の受験者をふやしたいというようなお話が出てまいりました。
高等教育のノーマライゼーションという崇高な目的を掲げられていて、私も感銘を受けていただけに、思いっ切り生活感あふれる言葉が出てきたのでおやっと思ったわけですけれども、ひょっとして、何でこんなことをおっしゃるのかなというふうにそんたくしますと、文科省の側が、入学倍率とか、合格者の、センター試験の何か平均得点とか、そんなしようもないものを本学への大学評価の基準にしているんじゃないかなというふうに私はうがった見方をしているわけなんです。
よもやそんなことはない、ゆめゆめあってはならないというふうに私は信じたいわけなんですけれども、ほかの大学と同様に、同様なのかどうかわかりませんけれども、例えば入学倍率であるとかセンター試験の平均点とか、そんなしようもないものは運営費交付金の算定基準にしないんだ、少なくとも本学においては算定基準にしないんだということを、大臣にお約束をいただきたいと思います。
○石川政府参考人 運営費交付金への反映等々の具体的なお尋ねでございます。私の方からちょっと補足的にお答えをさせていただきたいと思います。
ただいま委員お話ございましたように、現在の筑波技術短期大学、視覚障害者の方あるいは聴覚障害者の方々に対してすばらしい教育を行っておると、私もお供させていただきまして見せていただきました。そういった国立大学法人につきましては、新しく中期目標、それから中期計画に基づいて、きちっとそれなりの目標達成の努力をしていくわけでございます。
そして、この筑波技術大学につきましても、新たにそういったものを設定して、新しい歩みを始める努力をしていくということになっているわけでございまして、そういった筑波技術大学の持ちます特性、現在の障害者の方々に対します教育を、その特性を踏まえて一生懸命やっていくという中身が、その目標なり計画にしっかりとあらわれていくわけでございますし、また、これを評価し、それからまた財政的な支援を行っていくということに際しましては、当然のことながら、そういった特性なり個性といったものをしっかり踏まえ、それをきちっと評価しながら行っていく、こういった考え方で臨んでいきたいと思っております。
○松本(大)委員 特性を踏まえてということがどこまで担保されるか、私は不安に思っておりますので、最高決定責任者である大臣にもぜひ御答弁をいただきたいと思います。
○中山国務大臣 この筑波技術大学は、視覚、聴覚の障害者に対する我が国で唯一の高等教育機関でありますから、その特性を十分踏まえた上で、この大学の運営が適正に行われるように指導してまいりたいと考えております。
○松本(大)委員 指導されるというのは、文科省内の方々を指導されるということですね。しっかりとお願いしたいと思います。
先ほど、国立大学の役割について大臣とお話をさせていただく中で、理工系、理科系を中心とした人材の養成というようなお話もあったわけなんです。
そこで、今後、国立大学が法人化されて、中期目標というのが設定されて、中期目標をどうやって達成するのかということについて中期計画が策定されて、その中期計画の進捗度合いについて評価が行われて、それが運営費交付金の算定にも反映されていく、こんなイメージを私は持っているわけなんです。ただ、評価を行うには、やはり、そもそもその評価基準が明確になっていなければいけないと思うわけですね。やはり、国立大学の果たすべき役割というのは何なんだというところを明確にするべきではないかというふうに私は思うんです。
先ほど、理科系を中心とする人材の養成ということなんですが、この理科系を中心というのは、要するに、市場原理ではちょっと難しいようなリスクも、例えば、長期間、結果が出るかどうかわからないような基礎研究に携わる人材を、国費でなら見ることができるという意味では私もよくわかるんですが、では、それ以外に、私立大学とか公立大学では養成できない、国立大学でしかできないんだというような人材養成とは、一体どういうものを想定されているのか、お答えをいただきたいと思います。
○石川政府参考人 これも具体的な中身のお尋ねでございまして、私の方から、私どもの方で考えている内容を少し申し上げさせていただきたいと思っております。
国立大学が中心になって、あるいは国立大学でなければできないような人材養成ということにつきましては、例えば、非常に研究者が少ない、あるいは関心が少ない、けれども重要な分野、なかなか研究者、教育者が少ないような分野、例えば、よく例に挙げられるのでありますけれども、インド哲学でありますとか、あるいは古典の研究ですとか、そういった分野があろうかと思います。それから、極めて最先端のレベルを目指すような自然科学の分野……(発言する者あり)先ほどの例示、もし御関係の方がいらっしゃったら申しわけございませんけれども、それから、極めて最先端のレベルを目指すような自然科学の分野、こういったものが今のお話に当てはまるのではないか、このように考えております。
○松本(大)委員 なぜ、インド哲学を国立大学として機関助成をして、そのための人材を養成していかなければいけないのか、ちょっと私にはすとんと落ちてこないんですけれども、大臣は、国立大学が担っている、担当すべき人材の養成というのはどういうものだ、どういう人材を養成すべきだとお考えになられていますか。
○中山国務大臣 一義的には、私立大学ではなかなか対応できないような分野だろうと思うわけでございますが、特に理工系でありますし、今局長も答えましたように、本当にごくごく少数のものである、あるいはすぐに成果が上がらないもの、しかし長い目で考えると大事なんじゃないか、そういったものとか、いろいろあるわけでございます。
では、イン哲が、インド哲学がどうかと言われますと、これは、考え方によると思いますけれども、やはりインド哲学みたいなものも、私は日本にとっても大事なものじゃないかと思いますから、ぜひそれも残していただきたい、こう思うわけでございます。
これはなかなか難しゅうございますけれども、全般的に見て、なかなか人々が気がつかないけれども、しかしこれは大事なものだよという、そういうことを見出していくのが、私は国立大学、そして文部科学省の役目であろう、こう思うわけでございます。
大きく見ますと、要するに、なかなか目先の効果はすぐに上がらないけれども、長い目で見て、それこそこれが教育の真髄ではないかと思うんですけれども、長い目で見て、我が国のために、そして世界のために貢献できるようなものであれば、そういったものについてもやはりしっかりと支援していくべきじゃないか、このように考えております。
○松本(大)委員 やはり何度お伺いしても、長い目で見て大事な人材というのが、理工系の人材以外には具体化されていないように私は思うんですね。つまり、国として国立大学に何を期待しているのか、どういう人材を養成してほしいんだというその線が余り明確ではない中で、とにかく目標を設定して、それでも計画を設定して、進捗状況を管理して運営費交付金に反映するんだというのは無理があるんじゃないかなというふうに思うんですね。
評価の根底を流れるものとしてやはり理念というものがなければいけないわけですし、では国立大学について、国としてどういう意思を持っているのか、どういう人材を養成すべきだと考えているのか、国立大学でしか養成できない人材とはどういうものなのかということについて、私は、今までの答弁をお伺いする中では、理工系の人材養成ということ以外に明確なことは何もおっしゃっていないと思うわけですね。
何か水かけ論になってしまうかもしれないので、質問通告にはないんですが、川内委員と同じように、今日の日経から一つ何かお題を取り上げてみたいなと思うんです。
今後、評価が行われる、その評価については文科大臣が決定した中期目標の達成手順を定めた中期計画の進捗度合いを評価して、それを運営費交付金にも反映していく、こんなイメージを持っているんですが、その中期目標の文科大臣の決定に際しては各国立大学法人の意見を聞くんだということになっているわけでして、法人化によって国立大学法人の裁量というものは拡大するんだということをおっしゃっていたんです。
けさの日経の一面に、「裁量は広がったのか」という囲み記事がありまして、資料要求も以前させてもらったので、ちょっとついでに伺いたいなと思うんですが、本当に今裁量は広がったのかどうかということですね。
その中期目標を、大学側がたたき台をつくっていくに際して、それに関与していると思われるような、例えば幹部職員に占める文科省出向者の割合というのはどうなんでしょうか。あるいは、役員会に席を置く理事の方のうち、文科省出向者の方の占める割合というのはどうなんでしょうか。国立大学法人化前と後でそれがどうなっているのかというところも含めて、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。
○玉井政府参考人 お答えを申し上げます。
理事はまだ法人化されてからの形でございますので、まず、今法人化された理事の方々、ことしの四月一日現在で申し上げますと、理事が、国立大学法人の理事、監事、まず理事が四百十四名、国立大学法人にいらっしゃるわけですけれども、そのうちの文部科学省出身者という形で見ますと、五十八名ということになります。それから、監事は百七十八名おりますけれども、そのうちの文部科学省出身者は一名、これが今の数字でございます。
それから、今国立大学法人にいる幹部職員のうち文部科学省経験者、どれぐらいいるのかということでございますけれども、これは十七年の四月一日現在で申し上げますと、六百二十四名ということになります。これは要するに、文部科学省経験者というのは文部科学省の係長級以上から国立大学法人の幹部職員に就任している者、こういう意味で申しました。
幹部職員総数、ちょっとなかなかあらわしにくいんですけれども、ことしの十七年四月一日でいいますと、ちょっと数字が動くかもしれませんけれども、千八百九十七名が全体でございますが、そのうちの六百二十四名ということでございます。幹部職員総数千八百九十七名、そのうちの六百二十四人が文部科学省経験者数ということになるわけでございます。
これは、国立大学が法人化するときに、その前に協力者会議を持って、どういう制度設計をするかということを十分議論しながらやってきたわけでございまして、その調査研究協力者会議の中でも、こういう人事にありまして、現に今行っている職員という者は、これはその前大学から来られて文部科学省で勤務され、さらにまた大学に行かれる方というのは結構いらっしゃいます。そういう方々がその大学に、十六年の四月一日に法人化したときにいらっしゃるわけでございますから、そういう方々について、そのままいらっしゃるのかどうか、あるいはまた動かれるのかどうか、こういうこともあるものですから、よくよく相談しながらそこは進めていくということになっています。
しかし、基本は、法人化いたしていますので、これは各大学の学長がすべての人事権を持っておりますので、任命権者でございます。したがって、学長の任命権、こういうものを基本に置きながら、要請に応じて、私どもとしてはいろいろ協力をしていくということにしておるわけでございます。
○松本(大)委員 総務省と財務省の方にお越しいただいたんですが、済みません、ちょっと質疑時間が終了しまして質問できなかったんですけれども。
今の御答弁は、要するに千九百人弱の幹部職員のうちの三割は文科省の出向者で、それは国立大学法人になる前とほぼ比率としては変わらないんだ。理事は一割を占めているけれども、大学数でいえば八十九の大学法人のうちの五十三校ですから、過半数を占める、過半数の大学法人に出向者が行っている。
きょうの議論で明らかになったように、教育の機会均等とかというような機能も、意義も、だんだん薄まりつつある。どんな人材をつくってくれと思っているのかというところも、余りはっきりしない。目標が非常にあいまいな中で、わけ知り顔の文科省の出向者の方がどかどかと乗り込んでいけば、それこそまさに裁量行政の最たるものでして、中央統制がそのまま続いていることの証左じゃないかなと。
だからこそ、裁量は広がったのかというような疑問が大学関係者の間に広がっているのではないかというようなことを御指摘いたしまして、私の質問を終わります。
○斉藤委員長 これにて本案に対する質疑は終局いたしました。
―――――――――――――
○斉藤委員長 これより討論に入るのでありますが、討論の申し出がありませんので、直ちに採決に入ります。
内閣提出、国立大学法人法の一部を改正する法律案について採決いたします。
本案に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○斉藤委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。
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○斉藤委員長 ただいま議決いたしました本案に対し、伊藤信太郎君外四名から、自由民主党、民主党・無所属クラブ、公明党、日本共産党及び社会民主党・市民連合の五派共同提案による附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。
提出者から趣旨の説明を求めます。松本大輔君。
○松本(大)委員 私は、提出者を代表いたしまして、本動議について御説明申し上げます。
案文を朗読して説明にかえさせていただきます。
国立大学法人法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
政府及び関係者は、本法の施行に当たり、次の事項について特段の配慮をすべきである。
一 国立大学法人の再編・統合に当たっては、教育研究基盤の強化とともに、個性豊かな大学の実現に資するよう努めること。また、地域の知の拠点としての役割に鑑み、各国立大学法人は地域とのさらなる連携に努めること。
二 障害者に対応した高等教育機関の整備については、筑波技術大学の整備・支援に努めるとともに、一般大学における受入れの促進を図ること。また、筑波技術大学は、聴覚・視覚障害者を対象とする我が国唯一の高等教育機関であることに鑑み、障害者教育に関する支援及び情報の発信等に努めるとともに、大学評価に当たってはその教育研究の特性に十分配慮すること。
三 授業料等の標準額については、経済状況によって学生の進学機会を奪うこととならないよう、適正な金額・水準とするとともに、標準額の決定に際しては、各国立大学法人の意見にも配慮するよう努めること。また、日本学生支援機構等の奨学金の更なる充実を図るとともに、授業料等減免制度の充実や独自の奨学金の創設等の各国立大学法人による学生支援の取組みについて、積極的に推奨・支援すること。
四 国立大学法人評価委員会による中期目標に対する評価の基準を示すとともに、運営費交付金を算定する際にその評価結果がどのように反映されるかを速やかに明らかにすること。
五 国立大学において、質の高い教育研究成果を得るため、老朽施設の整備など研究環境の着実な整備を推進すること。
以上であります。
何とぞ御賛同くださいますようお願いを申し上げます。(拍手)
○斉藤委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。
採決いたします。
本動議に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○斉藤委員長 起立総員。よって、本案に対し附帯決議を付することに決しました。
この際、ただいまの附帯決議につきまして、文部科学大臣から発言を求められておりますので、これを許します。中山文部科学大臣。
○中山国務大臣 ただいまの御決議につきましては、その御趣旨に十分留意をいたしまして対処してまいりたいと存じます。(拍手)
―――――――――――――
○斉藤委員長 お諮りいたします。
ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○斉藤委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
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○斉藤委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
午後零時十一分散会