第4号 平成18年5月26日(金曜日)

森山委員長 次に、松本大輔君。

松本(大)委員 民主党の松本大輔です。

 二月二十四日の文部科学委員会で、我が党の笠委員の質問に対しまして、大臣は次のように答弁をされています。「社会環境が大きく変化している中で、中央教育審議会の答申にも、人格の完成や個人の尊厳など普遍的な理念は今後とも大切にしながら、伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心、公共の精神や学校、家庭、地域社会の連携協力など、今日極めて重要と考えられる理念や原則を明確にするために教育基本法の改正が必要という御提言をいただいております。」ということなんですが、これは中教審の提言というのを引っ張っていらっしゃるわけです。

 念のための御確認でございます。大臣御自身の御認識もこのとおりでございますでしょうか。端的にお答えください。

小坂国務大臣 繰り返しになりますので、今御引用されたような答弁と同様でございまして、中教審の考え方に沿った考えでございます。

松本(大)委員 先ほど引っ張りました提言の中には、伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心、公共の精神、こういった概念が盛り込まれておりまして、今回の与党案では、二条、教育の目標として定められているわけなんですが、先ほど、この中教審の提言にもあったのは、こういった理念や原則を明確にするために、このように書かれているわけでございます。

 この明確にするためにというのは、現行の教育基本法にはこういった理念や原則は含まれていないということなのか、それとも、含まれているけれども明確化の改正を行うのか、この点についてお聞かせください。

小坂国務大臣 現行法の第一条には、「真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、」といった、国民として備えるべき事柄、当時は徳目と言っていたわけでございますが、掲げられております。これらは、制定当時、昭和二十二年当時において特に強調すべき事柄を挙げたものでありまして、必要な事柄を網羅的に示したものではないとされております。

 今回の改正案については、今日重要と考えられる事柄を新たに教育の目標として明示することとしたものでありまして、これらの事柄は現行法の「人格の完成」の中にも含まれているものと考えております。今回掲げられた事柄は、従来より重要と考えられているものであって、既に学校教育においては、現行の学習指導要領に基づいて指導もされているところでございます。

松本(大)委員 今、大臣にも御答弁をいただきましたとおりでございまして、私も、現行法の制定時にどういう議論がされていたのか、帝国議会の議事録を拝見したんですけれども、これは含まれているということなんですよね。今おっしゃったような、あるいは私が引用したような、公共の精神とか愛国心とか伝統、文化の尊重というのは、このときも実は議論になっているんですね。

 念のため、ちょっと配付をさせていただいたんですが、例えば、お手元の資料一の四十四ページのところには、佐々木惣一さん、京大の法学者だと思いますけれども、四十四ページの下から二段目のところの右端なんですけれども、「祖国観念の涵養と云ふことに付きまして、政府は如何なる用意を持つて居られるかと云ふことを御尋ねして見たい」とありまして、これに対する答弁、四十六ページ、高橋大臣は、「「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育」とありまするのは、健全なる国民、文化の創造延ひては健全なる祖国愛の精神の涵養を含むものと考へる」、このように答弁されております。

 さらに、荒川文六さん、九大の総長ですけれども、五十二ページの一番上の段の左から十行目ぐらいですか、「国家社会に対して犠牲、献身的の精神を持ち、奉仕的の精神に満ちた国民に日本国民をすると云ふことが、日本を平和的国家」云々、「さう云ふ精神に国民をすると云ふが為には、どうも完璧に現はれて居ないやうな風に思ふ」とおっしゃっているんですが、これに対して当時の高橋大臣は、「実際の国家及び社会の構成者、ギルダーと云ふやうな意味」というのは、これは多分ビルダーの聞き間違いだと思いますけれども、「意味も含まれて居るものでありまして、尚国家並に社会に対する奉仕の点は、後にありますやうに「勤労と責任を重んじ」云々と云ふ言葉で十分に現はされて居るのではないかと存ずる」というふうに答弁をされておりまして、公共の精神であるとかあるいは伝統、文化の尊重であるとか愛国心というのは、実は、現行教育基本法にも含まれているという答弁を当時の大臣はされていたというわけであります。

 では、含まれているのであれば、なぜ今回改めて明文化の改正をする必要があるのかというのが、当然、この質疑をごらんになられている国民の皆さんも、含まれているのなら何で改正するんだろう、なぜ明確化する必要、明文化する必要があるんだろうというふうに素朴な疑問をお持ちになられると思いますので、この点について大臣から御説明をお願いします。

小坂国務大臣 教育基本法が制定されて五十九年、約六十年近くがたって、社会の状況が大きく変化をして、道徳心や自律心の低下が指摘されるなど教育全般についてさまざまな課題が生じていることは、委員も御理解をいただけるところでございます。

 これらに対処をするためには、学校だけでやるのではなくて、家庭、地域社会を含めた国民全体が協力して教育改革に取り組む必要があると考えております。

 そこで、この教育の根本を定める基本法を改正する中で、国民一人一人が豊かな人生を実現し、我が国が一層の発展を遂げ、そして国際社会の平和と発展に貢献できるよう、将来に向かって新しい時代の教育の理念を明確に提示する、そのために、国民の共通理解を図りつつ、国民全体による教育改革を着実に進め、そして我が国の未来を切り開く教育の実現を期する、このような観点から、この理念を明確にするという形で規定をさせていただいたところでございます。

松本(大)委員 国民の共通理解を図るということなんですが、実は、この明文化すべきか否かという点も帝国議会で議論をされておりました。

 先ほど御紹介した佐々木惣一さんと大臣とのやりとり、それから荒川さんと大臣とのやりとりを受けて、大久保利謙さん、五十六ページのところをちょっと引用したいんですが、大久保利通公のお孫さんだそうであります。上から二段目、侯爵大久保利謙公なんですけれども、「「自他の敬愛」、或は「個性ゆたか、」それから「社会の形成者」と云ふやうな条項に、色々な意味があると云ふことは十分了解致しました」「果して一般の人が此の条項から、只今御質疑になりましたやうな問題が直ぐ出て来るか、」三段目に移りまして、「なかなか此の敬愛と協力と云ふ言葉から色々な問題を解釈することが、解釈は出来ますけれども、ちよつと普通の人が読んでも、直ぐぴんと来ないと思ふのです、」さらに進みまして、「私としては斯う云ふ重要な問題は、もつと具体的な言葉ではつきり書いて戴いた方が、一般の人が直ぐに能く分るのぢやないか、なかなか之を解釈する、解釈に依つて普及すると云ふやうな方法もありませうが、非常な手間が掛るし、分りませぬから、もう少しさう云ふ点も、必要なことは書いて戴いた方が宜かつたのぢやないか」というふうにさらに食い下がって御質問をされているんですね。

 そのときにでは何で明文化しなかったのかということですけれども、大臣は、その横なんですが、「極く大本を規定致しました基本法でございまするので、只今御指摘の点を特に明記すると云ふことを致さなかつたのでありますが、尚之に関しまする解釈其の他に依りまして、御話のやうな点を十分に徹底させて参りたいと考へて居るのでございます、基本法と致しましては、此の程度に止めて置いた方が宜いのではないかとも考へる」ということでありました。

 今、大臣の答弁は、なぜ明文化するのか、国民の共通理解を図るということでありますが、当時、帝国議会、現行法の制定時には、明文化すべきでないかという委員からの質問があった。一般の人にはわかりにくいじゃないかという指摘まであった。ところが、基本法なのでここにとどめておく方がよいのじゃないか、そのかわり、解釈その他で徹底いたしますというふうにおっしゃっているわけであります。

 解釈その他で徹底するというのが図られれば、先ほどおっしゃったような社会情勢の変化とかというものにもある程度左右されることなく一定の効果を見ているはずでありますけれども、まず、文科省自身は、文部省自身はこの答弁のとおり徹底されてきたのかどうかという点について、大臣の御答弁をいただきたいと思います。

銭谷政府参考人 ただいま先生お尋ねございましたように、現在の教育基本法は、本当にその根本的なところを記述いたしているわけでございます。

 それで、明文化されていないいろいろな理念というものがあるわけでございますけれども、それにつきましては、学校教育の場におきましては、学校教育法という法律によりまして、それぞれ小学校、中学校、高等学校における教育の目的、目標の中にさらに具体化をいたしまして、そして引き続いて、その学校教育法に基づきます学習指導要領におきましてそういった教育上重要な理念というものを明らかにして、これまで指導を続けてきたということでございます。

松本(大)委員 学校教育法に定めて、あるいはその他の方法によって徹底してきたというのは、非常に今の御答弁は具体性に乏しかったように思うんですが、ちょっと、その点についてはまた後でも再び聞きたいと思うんです。

 この帝国議会の議事では、大臣答弁にさらに納得せずに、先ほど御紹介した佐々木惣一さんという方が、五十八ページの上から二段目のところですけれども、「矢張り祖国観念の涵養を特に用意することが教育の方針として必要だと思ふのですが、如何なものでありませうか、さう云ふことに付て何か特別に用意をなされて居ると云ふことはないのでありませうか、」というふうにおっしゃっています。

 政府委員はそれに対して、「「個性ゆたかな」と申しますのは、日本的と申しますか、日本的な、又個人々々の個性を含めた意味に於ても日本的な豊かな文化を創造すると云ふことで、さう云ふ意味に於きましては、我が民族性、国家の成り立ちと云ふやうなことを十分考慮してある」とおっしゃっておりまして、さらに、上から四段目ですが、「教育の目的の中には色々な徳目、或は掲ぐべき必要なことがあらうと思ひます、」それから飛ばしまして、「有らゆる徳目を掲記すると云ふことは、必ずしも適当でないと思ひますので、それ等に付きましては「人格の完成」と云ふ中に包含してある訳であります、」というふうに述べられているんですね。

 つまり、祖国観念の涵養はやはり明記すべきじゃないかというふうにさらに食い下がられたのに、適当じゃないとこのとき文部省は答弁されているんですね。

 今回は、このときの答弁のとおり、解釈その他によって徹底されてきたというような御答弁、今政府参考人の方からありましたけれども、徹底されてきたのであれば、なぜ、五十九年前の方針どおり、明文化しないという選択肢もあるはずなんですけれども、当時は、五十九年前は、明文化すべきだというふうに議員からしつこく詰め寄られたのに、いや、明文化は必要ない、適当ではない、解釈その他で徹底しますというふうに答弁をされた。ところが今は、徹底はしてきたんだ、徹底はしてきたけれども、しかしどういうわけか、何か子供が変わっちゃった、社会情勢も変わっちゃったので明文化するんだというふうにおっしゃられているわけですね。

 過去の方針とか執行に問題があれば、百八十度違う政策をとられるというのはわかるんですけれども、徹底をされてきたのにもかかわらず、なぜ百八十度それと相矛盾する政策を、方針を今回おとりになられるのか、これは明らかに矛盾するというふうに考えますが、大臣、いかがですか。(発言する者あり)

小坂国務大臣 当時の議論も、委員の述べられたこと、それに対して答弁をする大臣、政府が、今読まれて委員御自身が思われると思うんですが、いろいろな方法をとってもなかなか徹底しないものだな、しかしながら、何にもやらないよりは、少しずつ少しずつでも前進していった方がいい。今委員は、百八十度違う、矛盾することとおっしゃいましたけれども、今回、その当時に議論されたこと、それをまた補充する意味で今回は明言しているということ、これは一つの流れの中にあるんではないかと思いますし、それを規定することによって浸透を図るという手法は、これは決して否定すべきものではないと思いますし、その当時の考え方と現在の考え方が違うからといって、これはまた非難されるべきでもないと思うんです。

 私どもは、今回の教育基本法の中に規定をしたことが少しでも多くの皆さんに理解をされ、そしてそれが守られるようにひたすら努力をするということが求められている、このように考えて、この審議を通じて、また、この法律を皆さんによって制定をしていただきましたならば、この振興基本計画等を通じて、この理念がしっかりと根づくように努力をさせていただきたい、このように考えております。

松本(大)委員 我が党は新法を提出しているぐらいですから、改正そのものに反対をしているわけではなくて、手続といいますかプロセスを踏まえるべきだというふうに考えているわけですね。やはりそれは、検証というのが先に立つべきだろうということです。先ほど、いや、それは反省なんだよというような不規則発言が飛んでいたんですが、まさに、だったら反省の言葉を先に述べるべきじゃないかなというふうに思うわけであります。

 確認なんですけれども、五十九年前の、明文化しないんだとされた答弁なり当時の方針というのは間違っていたというふうに、やはり明文化しておくべきだったというふうに大臣はお考えですか。

小坂国務大臣 当時と今日とを比較して今日の法案のあり方を議論するよりは、私どもが今回提案した趣旨をしっかり御理解いただいて、速やかに御承認をいただきたい、私はそう考える立場でございまして、したがって、皆さんの御質問にしっかりと答えて、御理解を得る努力を引き続きさせていただきたいと存じます。

松本(大)委員 御理解はしたいんですけれども、やはりそこには徹底的な議論が必要ではないかなというふうに思います。

 もしも、五十九年前の社会情勢にかんがみて、当時置かれていた状況にかんがみて、その方針自体は間違っていなかったんだとすれば、今日の状況をもたらしたものは、決定自体ではなくて、執行、その決定に基づいて執行してきた文部省の文部行政の要するにやり方、ここに問題があったから、決定自体は正しかったんだけれどもそうなっちゃったんだ、だから今回明文化するんです、こういうことですか。

小坂国務大臣 今日的な教育環境というものがどのようにして変化してきたか、それは、社会情勢の変化、世界における日本の位置づけ、経済的な発展、また核家族社会の出現、そして情報化の促進、いろいろな状況が全部かみ合ってきたと思います。

 ですから、今回も、それぞれの議論、今までの議論の中でも、この基本法を改正すればすべてがよくなるというものではないという議論もされておりますし、また、それはすなわち、この基本法に引き続き、国民皆さんが理解をして、そして、学校、地域、家庭がそれぞれ協力、連帯をする中で教育を推進する、そして、人格の完成を目指した、この基本法にうたわれた理念を実現するように努めるということだと思っておりますので、今委員が、過去においてこのような現行基本法の制定の中で議論されたこと、それが間違いであったかどうかというようなことを今のこの時点で評価しろということでございますけれども、それを評価するというよりも、私は、この今日の改正案についてしっかりと御理解をいただく中で、私どもの理念、そういうものを国民の皆さんにも理解いただいて御協力をいただきたい、そのためにさらに努力をいたしたい、このように思うわけでございます。

松本(大)委員 私、ここの明文化するという点については非常に重要な論点だと思っていまして、そうでなければ、では与党間で七十回以上も議論されていたのは一体何だったのかという話になるわけですね。ですからここにこだわっているわけですけれども、今、社会情勢の変化の例を挙げていらっしゃいました。核家族化の進行とか情報化社会とかということなんですけれども、私はやはり、検証作業を行うに際しては、まず外的要因から挙げられるというのはいかがなものかなという気がいたします。

 今の大臣の御答弁を伺っておりますと、テレビ番組、バラエティー番組で、売れないラーメン屋に鉄人が入り込んでいってそれを立て直すというときの何か主人の愚痴のような感じで、要するに、問題は社会情勢にあるんだ、周囲の環境が悪いんだ、おれはうまいラーメンをつくっているんだけれどもな、こんなふうにちょっと聞こえてしまうわけであります。やはり、検証をする際には、謙虚にみずからを振り返る必要があるんじゃないかなというふうに私は思います。

 五十九年前は、明文化はすべきでないとされた。解釈で徹底いたしますというふうにおっしゃられた。しかも、定めることは、具体的に掲げる、掲記するということは適当でないとまで言って、何度も食い下がった議員さんをそのときは退けられたんですね。それで今回は、徹底してきたんだけれども、何だか社会情勢も変化しちゃって、やはり明文化するんですと言う。当時の決定とはやはり正反対のことをされようとしているわけですから、決定にも間違いはないし執行にも間違いがないのであれば、通常、その政策を変える必要はないというふうに考えられるのが普通の方だと思うんですね。

 決定も間違っていなかった、執行も間違っていなかった、だったら何でそのときの政策を、方針を変えられる必要があるのかという疑問を当然国民の方はお持ちになられると思いますので、もう一度、社会情勢の変化ということではなしに、謙虚に今までの文部行政を振り返られた上での御答弁をお願いします。

小坂国務大臣 今日改正をするに当たって、まず、なぜ改正するかという点について、やはり外的要因を踏まえて御説明をしました。

 また、その内容の記述の仕方について委員は、もっと具体的に個別列挙すべきだ、こういうお考えなのかもしれません。私どもも、そういう考え方とある意味では似ているところは新たな理念として記述した部分でございまして、これは、委員が歴史を振り返られまして、当時、現行法の制定時にも同じような議論があって、そのような内容について書く、書かないの議論はあったんだ、それでも書かなかったことを今日なぜ書くのか、こう言われれば、これは時代の流れだ、一言で言えばそういうことになります。それはすなわち、その法律をどのように理解されるかという場合に、条文をしっかり書いて、そして、基本的な理念と言われる部分については明文化した方がいいだろうという今日的な考え方であります。

 私は、今委員がどういう趣旨で議論されているかよくわからない部分もあるんですが、その検証という部分においては、全国的な学力調査、こういうようなものも実施するということを決めました。これはすなわち、学力というものがどのように到達したかということを調べることもやはり必要だ、今日の教育の位置づけというものをいろいろな面から把握するという形でこの調査もするわけでございます。

 ただ、今、現行の教育基本法が果たした役割ということになれば、私は、今日の日本の発展、このような戦後の奇跡と言われるような発展を遂げられたのは、やはり現行教育基本法がその役割を大きく担ってきたというふうに思いますので、その役割はしっかりと評価した上で、さらに今後何が必要かという点において、新たな理念として、今さらまたあげつらいませんけれども、公共心とか自立心とか、今まで申し上げてきたような新たな理念をここに書き加えたところでございます。

松本(大)委員 やはり外的要因の列挙をされておりまして、これまでの文部行政、この執行の部分についての謙虚な反省、検証というものは聞こえてこなかったような気がしております。

 しかも、例として挙げられた学力の件でございますけれども、これは、この二条に新たな学習の目標として掲げられた、しかも、冒頭私が紹介したような公共の精神であるとか、伝統、文化の尊重であるとか、国や郷土を愛する心というのとは関係のない部分ではないかな、そこのところを何か、いや、これをやっているんですというふうに御答弁をされたんですが、私は、これは是正していくための取り組みとしては全く何ら関係のない部分ではないかなというふうに思います。

 先ほど来、当時の決定には間違いはなかったし、執行にも、取り組みにも間違いはなかった、要するに、社会情勢、外的要因が変化したんだという答弁を繰り返されているわけですが、私は、本当にやれることは全部やってきたのかという点をやはりもう一度考えなきゃいけないというふうに思っております。

 それは、お手元にもお配りした資料の後ろの方ですけれども、きょう午前中の質疑で横光委員も指摘をされていた教育基本法についての認識の調査なんですけれども、このページ数は百一ページと振ってあるんですが、資料二でございます。既に午前中の質疑の繰り返しになってしまいますが、これは、平成十六年、学校教育改革についての保護者の意識調査報告書、社団法人日本PTA全国協議会、平成十七年三月の実施ということなんですが、「あなたは、教育基本法の本文やその内容についてご存知ですか。」この質問について、その三段下、内容を知っている人は約一割である、八八・八%の人はよく知らないというふうにお答えになられているわけであります。

 先ほど政府参考人の方からも、徹底をしてきました、学習指導要領にも定めてまいりました等々おっしゃっていましたが、残念ながら、重要だと考えられていた理念や精神を徹底してきた、その大もととなっている教育基本法については、現行法ですよ、知らないという人が九割にも及んでいる。執行に誤りがなかった、これまでの文部行政、取り組みに誤りがなかった、しっかり徹底してきた、こういうふうにおっしゃるのであれば、なぜ、九割もの方がよく知らない、内容を知っている人が一割という状況にとどまっているんでしょうか。御答弁をお願いします。

田中政府参考人 御指摘のように、PTAの調査によりましては、平成十六年十月から十一月に行われたものでございまして、本文を見たことがなく、内容もよく知らなかったという人が約五〇%おるところでございまして、このことは残念な結果であろうと思います。

 私どもといたしましても、PTAの会議等におきまして、今回の中央教育審議会答申等を踏まえましてPRには努めてきたところでございますけれども、今後とも、しっかりとしたPR活動等、広報活動等、充実してまいりたいと思っております。

 ただ、一方で、同時期に、平成十六年九月に、新聞社等が加盟しております日本世論調査会が実施しました世論調査によりますと、教育基本法改正については六八%が関心があると回答し、五九%が賛成、反対は二三・三%にとどまっておるところでございまして、私どもといたしましては、少しずつと申しますか、我々、広報活動もやっておるところでございまして、国民の中にも教育基本法に関する関心が高まってきておるのではないかと思っております。

松本(大)委員 残念だというのは、非常に他人のような、第三者的な感想を述べられていたように思うんですけれども、どういう取り組みが足りなかったのかとか、何度も申し上げますが、みずからの取り組み、五十九年間あったわけですから、何が足りなかったのかというのを、まずはそこを語られるべきだと私は思いますよ。

 先ほど、アンケートを引っ張ってこられているんですけれども、改正そのものには反対をされていない方の方が多いというのは各種世論調査にも出ているかと思うんですが、ただし、きょうの午前中の質疑にもあったと思うんですけれども、毎日、朝日、NHKでしたか、六割から七割の方々はさらに議論すべきだというふうにおっしゃっているわけですね。議論した上で改正すべきかを考えるという方もふえている。

 このお手元の資料二の一番最後のところですけれども、「教育基本法改正への考え」というところで、平成十五年、十六年、十七年と、中教審の答申は十五年にあったにもかかわらず、三年たっても、早期に改正した方がよいという方は七%から八%で、ほとんどふえていないんですね。さらに議論した上でという方が七五%ぐらいで、これもまた変わっていない。減っていないわけですよ。取りまとめられた社団法人日本PTA全国協議会自身も、「「答申を踏まえて議論を深めた上で改正すべきか考える」や「改正する必要はない」といった、やや保守的な意見が多くなっている。」というふうにこのアンケートを総括されているわけですね。ですから、改正そのものに賛成だからといって、理解が深まっているんだということでは直ちにはそれはつながらないというふうに私は思います。

 何よりも、冒頭に申し上げました、残念だというふうに第三者的な感想をおっしゃられる前に、現行教育基本法すら九割もの方々がよく知らないというふうに至っているこのていたらくについて、文部行政、これまでの取り組みに誤りがなかったのか、そこのところは反省していただかないと、知らなかった国民が悪いのか、保護者が悪いのかという責任転嫁をされているようにも聞こえてしまいますので、PR、PRというふうにおっしゃっていたんですが、では、五十九年間のPR活動は一体どうだったのかということを、どのぐらいやられたのか、それは適正なPR活動だったのか、ぜひともそういうことをしっかりと振り返っていただく必要があるのではないかというふうに私は思います。

 きょうの御答弁等を聞いていらっしゃると、佐々木惣一さんとか荒川文六さんとか、やはり明文化しろというのをあそこで守ってくれていればなというふうに、だから言わぬこっちゃない、やはり文部省は当てにならなかったと、きっとあの世で泣いていらっしゃるんじゃないかと私は思えてしようがありません。

 徹底させると約束しておきながらそれを放置しておいて、子供に公共心や道徳心が足りないから、何か社会情勢が変わったから、だから明文化するというのは、私は、やはり検証不在の文部行政の特質を非常によくあらわした言葉じゃないかなというふうに思います。つまり、過去の取り組みについての検証を行わない、自分の怠慢を棚に上げておいて、過去の決定や方針をあっさりと覆してしまう、そのことが学校現場や多くの子供たちにさまざまな悪影響を与えている。これは、ゆとり教育をめぐる迷走ですとか学力問題をめぐる迷走も同じだと思いますよ、本質は。

 過去の総括や反省、検証がないままに過去の方針や決定をあっさりと覆しておいて、何ら矛盾はないじゃないですかというふうに強弁をされる、この無謬性といいますか、行政の無謬性を高らかにうたい上げて反省されないということこそがやはり最大の元凶ではないかなというふうに私は思いますので、まずそこに立ち返って、これまでの取り組みに誤りがなかったのかという点に立ち返ることこそ教育基本問題の解決の出発点であるということをここでは申し上げておきたいと思います。

 もう少し時間がありますので、大臣にちょっとお伺いしたいんですけれども。

小坂国務大臣 反省はないのかというお話でございましたから、時間もあるようですから少し答弁をさせていただきますが、私は、決してすべてのことに反省をしないで前に前にただただ進むという人間ではございません。私、日々反省の毎日でございます。きのうの答弁あれでよかったか、もっとわかりやすい答弁はなかったか、夜、床に入って悩むこともしきりでございまして、そういう中から、何とか皆さんに御理解いただく答弁を考え出そうと日々努力の毎日でございます。

 そういった意味で、五十九年間、文部省そして今日の文部科学省、全く反省がないのかといえば、これは、いろいろな反省をしながら、学校現場における教育の実効が上がるために中教審にどのようなお願いをして考えていただいたらよろしいのか、また、それによって答申を受けたことをどのように学習指導要領に反映し、また、校長会や教育委員会への指示、あるいは学校長を集めた会議等での指示等をどのようにしたらいいか、そういう中で反省をしてきたと思います。

 ただ、五十九年前の議論が今日までそれじゃ全く無効であったのかといえば、そうではなくて、やはり先ほど申し上げたように、今日の教育基本法が今日の繁栄を築いてきたことも事実でありまして、ただ、その間、道徳心というものは、その前に修身の教育を受けられた、教育勅語やそういったもので受けられた皆さんがまだ現役として働いていらっしゃって、そういった理念を伝えてこられたとか、あるいは、社会の中でもそういったものが社会規範となって、そして、我々もそういった社会規範の中で毎日の生活をしてきたことによって、教育基本法とかそういった法律を勉強することではなくて、日々の生活の中でそれを社会体験としてあるいは家庭教育として我々が受け継いできたということがあったわけですね。

 しかし、この家庭の教育力が低下をしてきた、そして社会の教育力が低下をしてきた。それはすなわち、少子化社会ということにあらわされるように、昔は近所で子供たちが集まって、その中に年の差がありました。そこに長幼の序というものがありました。そしてその中で、親分というような近所の先輩から、おまえ、こういうことをやっちゃいかぬぞ、ちゃんと下の者は面倒見ろよ、こういうことを教えられて、そしてまた稲作というようなものを通じながら、地域の助け合いというものもちゃんと継承されてきた。そういった文化が一つ一つ喪失されてきたということが今日の状況を生んできたというふうに思うわけですね。これを強調しますと、また外的要因にかこつけて責任逃れしたと言われてしまうんですが、このことについては、委員も、確かにそういうこともあるとお認めをいただけると思います。

 委員御自身が無謀なことをおっしゃっていることではないということも私も十分理解しながら、謙虚に委員の御指摘は自分なりに受けとめているつもりでございますが、今回の教育基本法において、新しい理念としてこの今日的な課題を解決するために具体的に盛り込ませていただいたこと、これはこの五十九年前の反省かどうかと言われれば、五十九年前のことがあって今日このようなことをしたわけではないので直接的な反省ではございませんけれども、今日の社会状況を見たときに何らか反省するものはないかと言われれば、やはり我々は、謙虚に今日の社会情勢を反省して、そして、あるべき日本の姿を目指して頑張るということだと思っております。

松本(大)委員 大臣から、日々あの答弁でよかったのかと反省の毎日を送っていらっしゃるという御答弁をお伺いして、やはり大臣を務められるような方でも、人格の向上、完成というのはなかなか難しいものだな、生涯学習の必要性を今の御答弁からも私は痛感した次第でありますけれども、さはさりながら、やはり、外的要因の指摘が主だったのではないかなというふうに思います。事務方をかばわれたいお気持ちはよくわかるのでありますけれども、私は、先ほどの現行教育基本法の精神の徹底についての取り組みについては、具体的な例に乏しかったのではないかなというふうに考えておりまして、では、一体全体、この教育基本法を改正して明文化することによって一体どういう効果があるのかという点が少し気になっているわけです。

 これは、先日の質問取りの際にも、また本日の大臣の御答弁にも、国民の共通理解が深まるんだというふうなお話がありました。それに加えて、私が事前に文科省にヒアリングをさせていただいたところでは、教育現場における適正指導の促進が図られるんだというようなこともおっしゃっていらっしゃいました。

 ここでちょっとお伺いしたいんですけれども、明確化することで国民の共通理解が進む、教育現場における適正指導も促進されるということは、逆に言えば、現状ではこの教育理念について国民の共通理解が得られておらず、教育現場において不適正な指導が行われているというふうに、逆に言えばそのように読めると思うんですけれども、具体例を挙げて御説明をいただきたい。

銭谷政府参考人 今回、新しい教育基本法によりまして、今日重要と考えられる事項が、特に第二条に五号、教育の目標として示されたわけでございます。今後は、この第二条に示されました教育の目標を踏まえまして、学習指導要領全体の見直しの検討の中で、各教科等にその具体的な、二条に示されましたいろいろな、公共の精神でございますとか伝統文化の尊重とか、あるいは勤労観の育成とかそういう事柄について、各教科等の具体的な教育内容の中にどういうふうに生かしていくのか、そのことを私ども検討してまいりたいと思っているわけでございます。

 例えば、これまで、公共の精神というのは道徳の内容として取り扱っていたわけでございますけれども、公徳心とか、友達と仲よくするとか、そういったようなことでそれぞれの発達段階に応じて指導してきたわけでございますけれども、今回、新しい教育基本法の教育の目標として明示されたことを受けまして、さらに具体的な指導のあり方について検討して、積極的な指導が各学校で行われるように取り組んでいきたいというふうに思っているところでございます。

 なお、先ほど、昭和二十二年当時の教育基本法の議論の中で、現在の教育基本法は特に強調すべき事柄を掲げたもので、必要な事柄を網羅的に示したものではないということ、それから、今回は、そういう普遍的な現在の教育基本に示されている目標に加えまして、今日重要と考えられている事柄を新たに教育の目標として明示をすることとしたというお話がございましたけれども、こういったことを踏まえて、教育基本法上に新たに教育の目標として示されたことを、私ども、学習指導要領の改訂等を通じまして、実際の現場でさらにその目標に沿った指導が行われるようにこれから努めていくことになると思っております。(発言する者あり)

松本(大)委員 今の不規則発言に私も同感でありまして、全く無関係の話を長々と答弁されないでほしいんですね。

 私は、要するに、国民の共通理解が進む、それから、教育現場における適正指導の促進が図られるというのが今回の効果であるとおっしゃるんであれば、改正前の現状ではそれが図られていないという具体例はあるんですかという御質問を申し上げたわけですけれども、残念ながら、延々とこれからどうなるという話をされて、現状どうである、現在の問題はどうなんだというところについては御答弁をされなかった。これはぜひ、ちょっと時間が中途半端なんでまた次回に譲りたいと思います。

 最後に、ちょっと大臣にお伺いしておきたいことがあります。

 冒頭から申し上げてきた公共の精神とか郷土とか国を愛する心とか、改正案の二条ですが、この同じ二条に道徳心ということが定めてあるわけですけれども、そこでぜひお伺いしたいのは高松塚古墳の件でありまして、国宝にカビを生やさせてしまった。カビの除去作業中に壁画を、国宝をですよ、損傷させてしまった。その損傷をわからないようにするために、何と、周囲の土をあろうことかその壁画に塗りつけてしまった。しかも、過ちを認めて発表するどころか、ずっと隠ぺいし続けてきた。さらに、このことを指摘されたときに備えて、あれを指摘されたらば、いや、これは経年による自然劣化だという説明用の内部資料を文化財部長承認済みという形で用意されていた。こんなとんでもない話が明らかになっているんですね。

 大臣、これは、道徳教育の必要性を説かれる文部科学省として正しい行動ですか。

小坂国務大臣 高松塚古墳の保存の問題につきましては、現在、調査委員会を設けまして、文化庁の関係者ではない第三者の方に入っていただいて今検討を進め、そして、すべての審議はオープンにさせていただいておるところでございます。そういう中で、今御指摘をいただいたような事項も明らかになってまいりまして、それもマスコミに対して発表させていただいたところでございます。

 そういった中で、隠ぺいをするような意図があったかどうか、それを今検証しているわけでありますけれども、そういう意図があったとすれば、私は決して許せないことだと思っております。そのようなことをすることは、まさに委員がおっしゃったように、道徳を教える文部科学省としてあってはならないことでございます。

 したがって、もしそのようなことがあれば厳正に対処したいと思いますけれども、現在調査中でございますので、その事実が明らかになった節に、また私の考え方を明らかにさせていただきたいと思います。

松本(大)委員 道徳教育の点もさることながら、この五項には、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、」と書いてあるんですね。伝統と文化にカビまで生やして、傷をつけて、泥まで塗ったのはどこのだれなんですか、大臣。これは、文科省自身は本当に伝統と文化を尊重して、我が国を愛しているのかと疑いたくもなりますよ。伝統と文化よりも組織防衛を優先したと思わざるを得ません。愛よりもメンツの方を優先したんだとすれば、飛鳥美人が余りにもかわいそうじゃないですか、大臣。

 これは、ぜひとも文科省内、真摯に反省をしていただいてこの法案に臨んでいただかないと、道徳教育の必要性をあんたに言われたかねえよというのが、恐らくは多くの国民の実感ではなかろうかということを申し上げまして、私の質問を終わります。


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