だから、ダイスケ - 松本大輔のホームページ

元衆議院議員 松本大輔のホームページ

Ministry of Justice

法務委員会で質問に立つ。(詳細は衆議院TVをご参照)
本日の議題は「刑事施設受刑者処遇法案」
いわゆる監獄法の改正だ。
昨年私が本会議質問を担当した刑法同様、これまた明治以来ほぼ100年ぶりの改正。
そういえば昨年の臨時国会で包括根保証廃止について質問した「民法現代語化」も明治以来の抜本改正だった。
このあと予定される会社法も明治以来の抜本改正となる。
いったい今まで法務委員会は何をやっていたのかと言いたくもなる。

それはさておき、昨年井口台小学校に授業参観に行った際、次のような詩を見つけた。

「あやまちは誰でもする
強い人も弱い人も
えらいひともおろかな人も
過ちは人間を決めない
あやまちのあとが人間を決める

あやまちの重さを自分の肩に背負うか
あやまちから逃れて
次の過ちをおかすか
過ちは人生を決めない
あやまちのあとが人生を決める」

まさに今日の議題にぴったりだ。ブッシュ孝子さんという方の詩らしい。ある教育サークルのHPによれば、教室で誰かの靴とか体操服とかその手のものが隠されたときなどに引用する道徳教材のようだ。

過ちを犯してしまった子に、勇気を出して過ちを認めてほしい、過ちは取り戻せるんだ。そういうことを伝えるのがねらいだそうだ。

過ちを認める勇気が必要なのは、小学生よりも、昨今ではむしろ(竹中)大臣だったり、あるいは政治倫理を疑われているような方々だったりする。

過ちを認める勇気が出せないということも、過ちは取り戻せないんだ、落ちたら二度と這い上がれないんだという風潮を善しとしてきたことも、監獄法の改正を100年ほったらかしてきたことも、全て根っこでは繋がっているような気がしてならない。
そうした100年の不作為の非を認め、やり直しのきく社会作りに向けて一歩踏み出すんだという認識、人間再生への期待を、我々野党も与党も、もっといえば政治・行政・司法を含む社会全体が共有することこそが行刑改革の出発点だと考える。