だから、ダイスケ - 松本大輔のホームページ

元衆議院議員 松本大輔のホームページ

コンクリートから人へ

政権が変われば何が変わるのか。

端的にいえば、税金の使い方を変えるということです。

私は、初当選以来ほぼずっと文部科学委員会に所属してきました。

国づくりは人づくりと思い定めて活動を続けてきました。

チャンスの平等を最終的に担保するのは教育の機会の平等だとも思っています。夢に出会える、将来の進路選択を左右する出会いの場、大人の「本気」に触れる場、憧れに出会う場、それこそが学びの場だと思っています。

その教育の分野で今何が起こっているのか。

米百俵教育再生をうたった政権の下で国の教育予算は1.6兆円、3割程度もカットされました。そのツケは家計と地域に回っています。

戦後最悪とも言われる不況の中、昨年は経済的な理由で私立高校を中退せざるを得なかった高校生の数が最悪に上ったとの調査結果が出ています。

家庭の経済格差が子どもたちの教育環境の格差となる、教育の機会の平等を奪おうとしています。

小中学生を見ても、例えば広島市、修学旅行費や給食費など、就学援助を受けている児童生徒はこの10年程度で倍増し、その比率はおよそ25%程度にまでおよび過去最悪となっています。つまり広島市の小中学生の4人に1人が就学援助を受けているということです。これは政令指定都市では大阪や新潟についでワースト3位です。

子育てや教育の負担に耐えかねている家庭が急激な勢いで増えている。
これは私たちの住む広島でも決して他人事ではないということです。

そんな中、4月からは生活保護母子加算が廃止されました。

シングルマザーのお母さんの8割は働いているのに、その平均年収は一般世帯のおよそ4割。育ち盛りの子どもたちを食べさせるだけで手一杯で、教育費の負担がとりわけ深刻であることは誰の眼にも明らかであったはずです。

にもかかわらず、国家予算から観ればわずか200億に過ぎない生活保護母子加算を切って捨てた。

ただでさえ厳しい家計に追い討ちをかけ、その子どもたちの教育のチャンスの平等が奪われかねない状況に歯止めをかけるべき政治が、逆に拍車をかけたということを意味しています。

米百俵教育再生をうたったのはいったいなんだったのか。

今年の補正予算は総額14兆円にもおよぶ過去最大規模でした。
その1割、1.3兆円は文部科学予算でした。

にもかかわらず、そのうち8000億円は施設や設備の整備費に費やされました。

全国の小中学校に1台70万円もする電子黒板を配備する予算。
200万台のパソコンを全国の小中学校に配備する予算。
40万台の地デジ対応テレビを全国の小中学校に配備する予算。

どう考えても不要不急としか思われない、こういう予算がつけられる一方で、肝心の子どもたちの教育の機会の平等が奪われようとしている現状は放置され、拍車すらかけられているのが現状です。

文部科学予算とは人づくりの予算ではなかったのでしょうか。

あいかわらずの供給者サイド一辺倒の予算が押し通され、学ぶ側、次世代の立場に立った予算はないがしろにされ続けています。

しかもそれらの予算の大半は借金で賄われているわけです。

14兆円の補正予算も、そのうち10兆は国債の発行で賄われたものです。

つまりは、教育の機会の平等を奪われようとしている子どもたちが将来背負うことになる借金です。

家庭の経済格差が子どもたちの教育の機会の平等、人生のスタートラインの平等、チャンスの平等を奪いかねない状況を放置するばかりか拍車までかける一方で、学ぶ側のニーズなどおかまいなしの不要不急の施設整備には大盤振る舞いが行われる、その上、それを賄う財源、多額の借金のツケだけが、教育の機会を奪われようとしている子どもたちの肩に重くのしかかる。

こんな不条理な予算、政治を続けていて、子どもたちにあわせる顔があるのでしょうか。

私は憤りを覚えています。

責任力を語るなら、今はまだ税金の使い方について発言権を持たない、投票権を持たない次の世代への責任を痛感すべきではないでしょうか。

政治と生活は密接不可分です。政治に無関心でいることはできても無関係ではいられません。今はまだ直接政治家を選ぶことの出来ない子供たちとてその例外ではありません。

政治に無関心でいることはできても、無関係ではいられません。

だとしたら、私たちと子どもたちのために、今どうするべきなのか。

そのことが大きく問われようとしています。

政権が変われば、税金の使い方が変わります。

天下りやムダを一掃し、貴重な税金の使い道はコンクリートから人へ。

教育、子育て、医療、介護、障害者福祉。。

例えば、子ども手当て、高校無償化奨学金の拡充。。。

国づくりは人づくり。人財こそ全て。それが私たちの思いです。

今はまだ投票権を持たない次の世代のために。

次世代の責任を全うできるのは、いったいどちらの政権なのか、信を問うてまいりたいと思います。