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だから、ダイスケ - 松本大輔のホームページ

元衆議院議員 松本大輔のホームページ

鹿屋、知覧へ

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先日、鹿児島県の鹿屋航空基地史料館と知覧特攻平和会館に伺いました。

鹿屋、知覧は、それぞれ戦時中の海軍、陸軍の特攻基地となった場所です。

鹿屋の史料館は海自の鹿屋航空基地の敷地内にあり、入口ロビーには、桜島を眺めながら出撃した特攻隊員達の鎮魂と平和の願いを込めて、広島、そして修道の大先輩でもある平山郁夫画伯の原画「夕映桜島」に基づいたステンドグラスが展示してありました。

2階に進むと、昭和20年3月、4月といった日付が目に留まりました。戦況が悪化する中、多くの特攻隊員たちが69年前のこの桜の季節に飛び立っていったのでした。

特攻で戦死した唯一のプロ野球選手、石丸進一さんの「最後のキャッチボール」のエピソード、水戸黄門西村晃さんの「不要になった遺書」など、胸に迫るものがありました。

史料館を出たのち、小塚公園にある旧鹿屋航空基地特別攻撃隊戦没者慰霊塔に鎮魂の祈りをささげ鹿屋を後にしました。

翌日は知覧に伺いました。入口付近に都道府県別戦没者数が掲げてありました。陸軍特攻隊戦没者全国1036名のうち、広島県も28名の方が亡くなっています。

母親に宛てた遺書、幼い子供たちに宛てた遺書の展示等の他、出撃を控えた隊員たちの世話をしていた当時の女学生の方々に後年インタビューしたビデオも放映されていました。

隊員にお使いを頼まれ、おつりを渡そうとしたが、逆にもう不要だからと財布までくれた。すると傍らにいた別の隊員が、「俺も君になんか形見を用意しておくべきだったな、でも何もない、そうだ、俺が人生最後に靴の下に踏みしめているこの石をもらってくれ」と自分に小石を渡してくれたと。

人目もはばからず涙していました。特攻平和観音に鎮魂の祈りをささげました。

松下幸之助という人は、政経塾の先輩方に対し、人間の生涯は大きなつなぎ目だ、君たちは最善のつなぎ目であれと説いたという文章を読んだことがあります。平和への願い、先人たちが命を懸けて守り抜こうとしたものを、私も私なりの持ち場で次の世代に引き継いでいきたいとの思いを新たにしました。