だから、ダイスケ - 松本大輔のホームページ

元衆議院議員 松本大輔のホームページ

集団的自己陶酔

長すぎたハネムーン期間が政権を増長させたのか。


私も含め昨年末の選挙で大敗した野党が弱すぎたのか。


ついに採決が強行されてしまった。

国民の8割が政府の説明は不十分と回答している中で、「今の国民には理解されなくても、将来の国民には理解してもらえる」のだと。


一方、支持率低下で焦りを強めたのか、国際公約は覆せないと強弁してきた新国立は追い込まれた挙句に一転、「国民の声に耳を傾ける」のだという。


週末のテレビが「ピース」なニュースをどれだけ報じようとも、この苦い思いは強まるばかりだ。


我々は、憲法の平和主義を貫き、専守防衛に徹することを基本とし、周辺事態法にうたう「周辺」の概念も堅持したうえで、むしろ「近く」をより現実的に、「遠く」はやは

り抑制的に対応すべきだという考えだ。

その方針のもと、維新の党と共同で「領域警備法案」も国会に提出した。


しかし、我々の案もほとんど審議されないまま採決が強行された。


「周辺」の概念も堅持し、自衛隊の活動に一定の歯止めを残すことは、限られた自衛隊の人員と装備、予算を何に最優先に振り向けるべきかと言う資源配分の話でも

ある。


それはやはり、蓋然性、切迫性の高い事態、いわゆるグレーゾーン事態も含めた日本自身の危機、周辺有事にこそ万全を期すべきという合理的、現実的な政策判断だ。


現行憲法上の制約、限られた人員装備の現実的資源配分という側面に加え、私にとっては防衛政務官としての経験も忘れ難い。


政務官時代、私は一種の有事を経験した。東日本大震災だ。自衛隊福島第一原発へのヘリからの放水作戦も担った。


状態はつぶさにはわからない、しかし誰かがなんとかしなければ、国民の生命と財産を守るため、取りうる限りの手を尽くさなくてはならない。


あのときの大臣室での会議の雰囲気を、私は生涯忘れることなないと思う。


政治の決定に、国民の命、部下の命、人の命がかかっている。命の重さ、政治の責任の重さを、あれほど痛感した瞬間はない。


自衛官には服務の宣誓がある。


ことに臨んでは危険を顧みず、身を以て責務の完遂につとめるというものだ。


いざというときには命をかけるということだ。


だからこそ、いたずらに「こと」に臨むことのないよう万全を期すのが、いざというときに決定を下す立場にあるものの最低限の責務だ。


自衛官が命をかけるのは、あくまでも「国防」という崇高な使命を果たすためだ。


だからこそ、やはりそこで認めうるところまでというのが、あのときの経験に基づく私の実感だ。


実際、あのときの防衛省の政務三役、当時の大臣、副大臣、政務官つまり北澤先生、小川先生、広田先生というメンバーが、今回の民主党の安全保障政策のとりまとめの中心

ともなっている。


新三要件は言語明瞭、意味不明の典型で、あまりにも抽象的だ。それを繰り返すだけの答弁は何も説明していないのに等しい。

何が存立危機事態なのか、またそれをいつ認定するのかといった基本的なことすら、答弁はいまだに大きく揺れ動いている。


つまり、そのときになってみなければわからないという類のものであり、到底歯止めとは言い難い。


憲法審査会では与党推薦の方も含め、3人の憲法学者がそろって、この法案は違憲であると指摘した。
多くの憲法学者が後に続いた。

しかし、理屈ではかなわなくなると、与党は数の力で採決を強行した。


総理は、現行憲法は押しつけだ、怪しからんと考えていらっしゃるようにお見受けするが、国民の理解が得られているとは到底言い難い状況の中で、歴代内閣が40年以上に

わたって確立してきた憲法解釈を変えるという実質的な憲法改正を、一内閣の独断で強行した。

国民投票の機会が与えられなかったことをもって「押しつけ」とするなら、今回の解釈改憲は「押しつけ」以外の何物でもない。

つまり(憲法改正にあたっての国民投票を含む)国民の主権が奪われたことにこそが今回の問題の本質だ。

主権と独立を守る安全保障の議論で主権に危機が訪れる。これは笑えない。


昨年、早々に与党圧勝300議席と選挙報道を行った新聞に私は強烈な違和感を覚えた。


投票最終日はまだずっと先であるにもかかわらず、1選挙区あたりわずか数百人程度の調査結果をもって、聴き取り対象とならなかった残り数十万の人に向け、「みなさん、結

果はもう決まってるんだから、投票に行っても無駄ですよ」と報じているのにも等しいからだ。


投票率が戦後最低となったことはご承知の通りだ。


この国の主権者はあべしでもなければ新聞でもない。

私たちだ。


ぎらぎらと、熱く、しつこく、汗臭く。

今、試されているのは主権だ。

未熟だった、弱かった、そのことの強烈な反省を胸に、私は私の持ち場で勝負の夏を過ごそうと思う。