だから、ダイスケ - 松本大輔のホームページ

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D for Dennoch !

悔しさと腹立たしさでいっぱいだ。あれで委員会は可決したのだと。

いてもたってもいられなくなった元最高裁長官までもが、この法案は現行憲法に違反していることを明言された。


あとで触れるように立法事実も崩れ去った。

しかし、これ以上はもたないと踏んだのか、採決は強行された。

私は、憲法は未来永劫、一言一句変えてはならないとは考えていない。

むしろ内閣法制局がこうなってくると、憲法を改正してドイツのような憲法裁判所を設けることも選択肢として十分検討の余地があると考える。

安全保障に万全を期すのはもちろん大事なことだ。

国民の生命と財産を守るため、我が国の主権と独立を守るため、どうしても現行憲法の制約を超えなければその責務が果たせないならば、憲法を改正することは排除されないとも考えている。

ただし、決めるのは国民だ。

国民投票法という手続き法も整備された。

今回の決め方は、どう考えても無理筋だ。

手続きはもちろん、内容にも説明にも無理がありすぎた。立法事実は既に崩れさっていた。

総理は、ホルムズ海峡で機雷を取り除かなくてはならない、だから集団的自衛権なんだとおっしゃっていた。

しかし、旧石油公団、今のJOGMECのホームページにどう書いてあるか。

国家備蓄と民間備蓄を合わせて石油は197日分、万一石油の輸入が途絶えた場合でも現在とほぼ同様の生活を維持できますとちゃんと書いてある。

つまり日本が武力攻撃を受けたような事態とは全く違うし、総理が言うような直ちに海外で武力行使しなければならない状況ではそもそもない。

機雷に感応しないよう木製か、あるいはFRPでつまりプラスチックで出来ている掃海艇で、停戦合意もない中で、つまりいつまたドンパチはじまるか分からないような状況で、自衛官が命懸けの掃海をただちに決行するより他に選択肢がない状況では全くない。

しかも、ホルムズ海峡はイランとオマーンの間の海峡だ。

イランはオマーンの仲介でアメリカと協議をはじめ、6か国と歴史的合意に達した。

これから経済制裁を解除してもらって、原油の輸出をイランとしては増やしたいわけだ。

なのになんで自らその石油の輸出が出来なくなるような海峡封鎖をしなきゃならないのかと、機雷を撒かなきゃならないのかと、そんな想定は全く根拠がないとイランの駐日大使が記者会見されたのは既に7月の話だ。

つまりホルムズ海峡の事例はおよそ非現実的だし、全く理由になっていない。

8月に外務副大臣テヘランを訪問し、投資協定を結ぶための交渉を開始する方針を政府も固めたとの新聞報道もあった。

投資協定を結ぼうと交渉を始めたいなら、相手国があたかも仮想敵国でもあるかのような想定は、外交上もいかがなものかと思わざるを得ない。

さすがに旗色が悪くなったと見たのか、総理もようやくホルムズ海峡の事例を想定していないとしたのはつい先日のことだ。

海外での武力行使がなぜ必要なのか、具体的に想定しているのは何かと聞かれ、唯一答えたのがこのケースだった。それが撤回された。である以上、法案そのものも撤回し、廃案にするのが筋だ。

日本周辺有事で日本人のお母さんが子供を抱いてアメリカの軍艦に乗って逃げてくるんだ、だから集団的自衛権だともおっしゃっていた。

そもそも周辺有事にまっさきに外国の軍艦に乗って逃げてくるなどありえないし、交戦中の軍艦に外国の民間人を乗せる余裕などあるはずがない、逆に攻撃目標にもされかねないという意味でもそもそも非現実的な想定だった。

案の定と言うべきか、国会質疑で日本人が乗っているかいないかは絶対的な条件ではないということが明らかになった。

日本人が乗っていようがいまいが米軍の船なら守るんだということであれば、日本人親子を守るための法整備では少なくともない。ならば最初からそう説明すべきだ。

逆に日本人が乗っていてもこの法案では守れないケースがあるということを、その答弁は物語っている。

現に日本人が乗船していても救護しない場合があるか、助けない場合があるかという質問に対し、ご質問に対し確定的なことを申し上げるのは困難という答弁があったのは14日のことだった。

青いどん帳か何かをバックに、紅潮した様子で、日本人親子を守れなくていいんですかと、言っていたあの総理のはなしは一体なんだったんだと思った人は私だけではないはずだ。

そもそも退避邦人の保護を集団的自衛権で理屈付けしようとすれば、本来もっとも想定すべき民間船舶に乗って逃げてきた日本人は守れるのか、アメリカ以外の船は守れるのかという矛盾が生じかねないことは岡田代表もかねてから指摘してきたとおりだ。

なぜこの法案が必要なのかという立法事実が崩れ去った以上、この法案は撤回、廃案にする他ないはずだった。

しかも日本にとって一番喫緊の課題でもある、離島の防衛、こういう真っ先に手当てしておかなければならない課題に対応する法案は今回の11本の法案の中に実は一本もない。これでは本末転倒と言わざるをえない。

対案、対案と言っておきながら、我々の領域警備法参議院では全く審議されてもいない段階だった。

9条の解釈が変えられるなら、他のどの条文の解釈だって例外ではない。

憲法とは権力を縛るルールだ。縛られる側が自らの解釈でその縛りを解き放つ。総理が変わり、法制局長官の首をすげかえれば、従来のものとは180度違う憲法解釈までもが可能になる。

これは立憲主義という統治の大原則を根本から危うくしかねない可能性をはらんでいる。

そんな無茶苦茶を許してはならない。

自衛官の服務の宣誓は、もって国民の負託にこたえることを誓いますと結ばれる。

防衛政務官時代、青森県の大湊基地の海賊対処行動部隊の帰国行事で訓示を述べた。

雪が降りしきる中、地吹雪が訪れる中、厳粛で感動的な行事だった。


だが、負託は任される、託される、期待されるということだ。

そんなの期待していない、任せていないという国論を二分する中での海外派遣と言う可能性を今回の委員会採決は作り出しかねない。

しかも今回の改正で追加されるPKOの治安維持業務は、自衛官の身も立場も危うくしかねない可能性をはらんでいることも指摘されていた中での強行採決だ。

こんな決め方は隊員ご本人にとっても、ご家族にとってもよいやり方だったとは到底思えない。


「これ以上政治に対して絶望してしまうような仕事で議会を運営するのはやめてください」

「政治のことをまともに考えることがばからしいことだと思わせないでください」


SEALDsの奥田さんの国会の公聴会での発言だ。


胸に響いた。


だからこそ、ここで終われない。


DはDennoch ! のD。